ドキュメンタリーが強いメッセージを放つ、禁煙啓発キャンペーンの広告

 「お医者さんで禁煙しよう。」禁煙治療啓発キャンペーンのキャッチフレーズである。クリエーティブディレクターを務めているのは神谷幸之助さん。企画から制作過程、また新聞をはじめとする広告に対する思いなどを聞いた。

リアルに禁煙してもらうストーリーを設定

神谷幸之助さん 神谷幸之助氏

――「お医者さんで禁煙しよう。」というストレートなキャッチコピーが印象的です。

 この禁煙治療は医師が処方する薬を使って行います。薬事法のルールで、広告では処方薬の名前を出して効能をアピールすることができません。病院へ行くと処方してもらえるという事実を伝え、たばこはやめるのではなく、治すものという認識を浸透させていこうと考えました。

――キャッチコピーを具現化するために、最初に考えたことは何ですか?

 たばこを吸っていることがカッコよかった時代は終わったんだと表現できたらいいなと考えました。そこで禁煙をする人物像として、まず頭に浮かんだのがカウボーイでした。カウボーイが馬に乗って医者に行ったら面白いと考えたのです。外国製のたばこの広告がヒントとなっています。その後、カウボーイという設定を、たばこを吸う強面な役者さんに置き換え、リアルに禁煙をしてもらうというストーリーが生まれました。キャスティングをどうしようか考えていたら、石原プロモーションに所属する役者さんの顔が思い浮かびました。恐る恐る依頼したところ、舘ひろしさんが協力してくださることになったんです。ヘビースモーカーだった舘さんは、今まで何度も禁煙に失敗してきたそうです。禁煙治療啓発キャンペーンに賛同していただき、舘さん自らお医者さんで禁煙することが決まりました。

――まるでドキュメンタリーですね。

 以前からドキュメンタリーのような広告を作りたいと思っていました。事実を提示することがメッセージとなれば、芝居や細工をする必要はなくなります。

 また、たいていの商品は類似した競合商品があり、消費者はその中から選択することができる。事実を提示するだけでは他商品との違いをアピールできず、広告にならないケースがほとんど。禁煙治療のための処方薬として、今のところ唯一無二なものだったから実現できました。

――特にこだわった点は?

 ドキュメンタリーとして事実を伝えると同時に、エンターテインメント性も必要だと考えました。石原軍団という男気の強いイメージとのギャップが生じるような、コミカルなシーンをエッセンスとして付け加えています。それがチャーミングで面白みとなるのです。深刻な話だけでは、人は振り向いてくれないし印象にも残りにくいと思います。

ウェブを軸に展開、新聞広告から誘導

――8月には、サッカーの題材を絡ませた広告が、サッカーの特集ページに掲載されました。

 今、サッカーは男女共に調子が良く、人気も高い。特になでしこジャパンのワールドカップ優勝は、日本中に希望と勇気を与えてくれました。そんなサッカー人気に合わせたものです。

――5月31日の新聞広告は、WHOが定めた世界禁煙デーを知るきっかけともなりましたね。

 WHOは5月31日を世界禁煙デー、厚生労働省は今年の5月31日から6月6日を禁煙週間と定め、喫煙による健康へのリスクと禁煙の重要性を伝える活動を強化しています。禁煙治療薬を発売しているファイザーでも、そうした活動の支援をするために、5月20日から6月19日までを「禁煙月間」と定めました。

 世界禁煙デー当日、「きょうは、世界禁煙デーです。」というコピーでタイムリーに事実を伝えられるのは、新聞広告ならでは。人の手元で告知したい日に告知できる、新聞広告の特性を生かしたものです。

 石原軍団の5人を格好よく見せることは、禁煙することのイメージにもつながると考えました。禁煙は世界レベルで推奨されていることであり、喫煙することが格好よかった時代は終わったと個人的にも思っています。また、世界禁煙デーを考えることは、いのちについて考えることにもつながります。3月11日の震災後に制作したこともあり、震災によって無念にも奪われた「いのち」と重ねあわせたメッセージとなりました。ウェブを軸にし、新聞広告とテレビCMからそこに誘導するようにしています。実際、新聞広告を出稿した日からホームページの閲覧数はぐんと伸びました。

2011年5月31日付 朝刊 ファイザー 2011年5月31日付 朝刊
2011年8月7日付 朝刊 ファイザー 2011年8月7日付 朝刊

――ウェブの位置づけについて聞かせて下さい。

 今回の広告はウェブで、舘ひろしさんの診察風景を動画で見られるようにすることが企画のベースにありました。映像で記録する上で打ち合わせはしていますが、台本も演出もない、リアルな診察の模様を公開しています。演出せずとも、館さんは診察を受けているだけでも絵になるんですよ。具体的には、禁煙治療とは一体どういうものなのか、医者とはどんな話をするのか、本当に効果があるのかなど、疑問や不安に応えるべく作っています。ウェブでは薬の効果だけではなく副作用についても説明しているほか、診療可能な病院や禁煙する上で失敗しがちな問題の解決の仕方などを紹介しています。何かのきっかけで禁煙治療を知りウェブに訪れてくれた人に、できるだけ長く滞在してもらう工夫をしています。

 ちなみに、舘ひろしさんの診察の模様はアーカイブとして残してあるので今でも見ることができます。若手4人の診察の様子はリアルタイムで更新しています。

神谷幸之助氏 神谷幸之助氏

――神谷さんが、今広告づくりで大切だと考えることは。

 キャンペーンの世界観や訴求したいことを十分に伝えるウェブサイトを、広告主企業がきちんと用意できることです。今回のキャンペーンもウェブを軸に展開していますが、マスメディア広告とウェブがいかにトータルで設計されているかが重要だと思っています。

――コピーライターとして仕事の仕方や内容など変化はありますか?

この商品のコピーを書いてください、というようなキャッチコピーだけを作るという仕事は、めっきり減りました。廃業しているコピーライターもいますよ。かつてない厳しさです。けれども、今までが緩すぎたのかもしれません。

 今は「企画から一緒に考えてほしい」という依頼が多いですね。企画からアウトプットまでトータルで考えるので、広告プランナーという肩書のほうが合っているのではないでしょうか。

 メールの文化も浸透して、一般の人たちの文章力が上がっているんです。ブログやツイッターなどで人を楽しませる文章を作ることは、広告のキャッチフレーズをつくる作業と同じですからね。コピーライティングなら自分にもできると思っているクライアントも多いと思います。

――これからの新聞広告の在り方、立ち位置についてご意見を聞かせてください。

 新聞は幅広い年齢層の方が読む媒体として、長年存在してきました。でも個人的には、現在は50歳前後の方々がメーンターゲットなのかなと思っています。もちろん、今も老若男女が読んでいるメディアではありますが、ある程度、ターゲットが定まった媒体になってくれると、クライアントにとって広告出稿をするか否かの判断がしやすくなるというメリットもあります。

 新聞が誇れることは、情報の質が高いことだと思います。インターネットでは検索すればたいていのことが調べることができ、個人でも簡単に情報を発信することが可能な時代になりましたが、不確かな情報でも発信される可能性がある。だから、新聞はいままで以上に「信頼メディア」という立ち位置になると思っています。

――これから広告業界を目指す方に向けてメッセージをお願いします。

 コピーライター養成講座の講師をやっていますが、そこでは必ず「コピーライターを目指してはいけない」と伝えています。けれども、生き残るための道はある。言葉の専門家ですから、企業の考えていることを凝縮して、わかりやすい言葉で提示することができる。それをもとに企業のブランド価値を高める方法を一緒に考えていくのです。アウトプットの方法は、広告に限らずその都度、考えていけばいいのだと思います。僕自身、“企業参謀”のような立場で仕事をしていきたいと思っています。政治家も参謀が必ずいますからね。企業のトップと話ができて、今度の新商品のスローガンはこれでどうですか? といったコミュニケーションがとれる関係が理想です。

たくさん持っているナイキの中でもお気に入りの一足

神谷幸之助氏お気に入りのナイキ 神谷幸之助氏お気に入りのナイキ

 ワイデン+ケネディを退社するとき、創業者であるダン・ワイデンに「辞めてもいいけど、これからもナイキのシューズは履いてくれるか」と聞かれました。ワイデン+ケネディでナイキの仕事を担当していたから、そう言って送り出してくれたのだと思います。その約束があるので、ランニングをするときは必ずナイキを履いています。一生遊べるお金はないけど、一生分くらいのナイキは持っている。その中でも、これはお気に入りの一足です。

神谷幸之助(かみたに・こうのすけ)

株式会社ナカハタ クリエイティブディレクター/コピーライター

電通、ワイデン+ケネディトウキョウを経て2008年、コピーライター仲畑貴志氏の新会社「ナカハタ」設立に参加。主な仕事はファイザー「お医者さんと禁煙しよう」、キリンビール本格<辛口麦>「嵐を呼ぶ男」、アデランス「アデランスは、誰でしょう?」、MS&AD[三井住友海上、あいおいニッセイ同和損保]。またNIKE「どこまで行けるか。部活キャンペーン」、KUMONなどのブランド広告、トヨタ「ECO-PROJECT」、タイ国際航空「タイは若いうちに行け」。TCC最高賞、クリエイター・オブ・ザ・イヤー特別賞、カンヌ国際広告祭メディアライオンほか受賞多数。

※新聞広告を手がけるクリエーターにインタビューする、朝日新聞夕刊連載の広告特集「新聞広告仕事人」に、神谷幸之助さんが登場しました。(全国版掲載。各本社版で、日付が異なる場合があります)

広告特集「新聞広告仕事人」Vol.25(2011年10月6日付夕刊 東京本社版)