「人が商品を持って何か言う。」 王道の広告手法で新しい見せ方に挑戦

 大の音楽好きでサブカルチャーに詳しい、CMプランナー出身のクリエーティブディレクター、永見浩之さん。若手の頃はユーモアのある広告を多く手がけてきたが、現在はオーソドックスな美しい表現やストーリー性のある広告なども作る。今回は4年前から携わるサントリー「胡麻麦茶」の広告について、コンセプトから表現のこだわり、またメディアの変化について聞いた。

堅苦しくならないよう ユーモアで包み「ご同輩目線」で伝える

永見浩之氏 永見浩之氏

――胡麻麦茶の広告は、統一感のあるグラフィックがとても印象的です。ビジュアルに関するコンセプトを教えてください。

 特定保健用食品(以下、特保)なので、信頼できるイメージにしようと考えました。胡麻麦茶は血圧が高めの方は毎日飲み続けることで、血圧が下がるということが認められた商品ですからね。とはいえ、治療を目的とした飲料ではなく、薬でもありません。あまり堅苦しく、眉間(みけん)にしわが寄るようなイメージにはしたくない。多くの人に信頼して飲んでもらうには、商品が人気者になってもらおうと考えました。そのために、まじめでありつつユーモアでウイットに富んだ広告にしようと考えました。上から目線ではなく、広告に出演している俳優の高橋克実さんと発売元のサントリーと一緒にみんなでがんばろう、というご同輩感を大事にしています。少し柔らかいトーンなのは、仲間同士であれば、ときにはダジャレや冗談も言うだろうという思いから。ふざけたら駄目だけど、親しみの持てる表現にしようと話し合いました。

――クリエーティブディレクターという立場ですが、具体的にどのような仕事をされているのですか。

 新聞広告をはじめ、テレビCM、交通広告、ウェブの制作、さらに今回はアプリの開発まで行い、それら全ての指揮を執っています。私はCMプランナー出身のクリエーティブディレクターなので、どうしてもテレビCMに肩入れしてしまう傾向があるかもしれません。けれども、統一感を持たせることに気を配っており、グラフィックのフォントひとつにもこだわっています。

 もともと丁寧にきちんと作られたものが好きなんです。今までも荒々しいものを作ったことはないと思います。現在、手がけている同じサントリーから発売されているお茶、伊右衛門の広告も同様です。私はディテールが好きで、細かいことにこだわりが強いタイプかもしれません。方向性や具体的な内容については、博報堂のアートディレクターの榮良太君や、コピーライターの下東史明君など、チームのみんなで一緒に考えて作っています。

広告の基本に立ち返り真っ正面から伝える

――胡麻麦茶に関して、特にこだわっていることはなんですか。

 広告の基本に立ち返って考えているところです。物語やドラマにせず、タレントが商品を真っ直ぐにおすすめするという、もう昭和の頃からある広告の手法。高橋克実さんは基本的に正面を向いたビジュアルを使うことに決めているんですが、どういうポーズであれば新しく見えるのかなど、王道の表現の中で、どれだけ新しいことができるかチャレンジしようというのが、今回の一番のこだわりです。

――なぜ、昭和の頃からある広告の手法にしようと考えたのですか。

 ストーリー性が強い表現は信頼感が薄れるような気がするんです。サントリーも高橋克実さんも、自信を持ってオススメする商品だということを伝えることが使命だと思っています。また、今まで経験してきた仕事の中で、やったことがない表現方法だからこそ、チャレンジしたいという思いもあります。

 最近、かつて博報堂で活躍した方々の言葉を集めているんです。その中に藤井達郎さんという 1970~80年代に活躍されたクリエーティブディレクターの印象的な言葉があります。それが「困ったら人が商品を持って何か言うんや。それが基本や」というものです。たしかに、そうだなと。タレントが商品を持った広告というのは、あまりクリエーティブでないと思われ、今までそれ以外の方法で新しく、面白くしようとやってきました。けれども、あえてオーソドックスな手法に立ち戻るのもいいのかもしれないと思ったんです。

――新聞広告に載っているグラフは説得力がありますね。

 グラフはサントリーが実施した試験の結果です。縮尺を変更することもできません。折れ線グラフの角度が変わってしまうと、効果の印象が変わってしまうからです。テレビCMでは使用できないため、テレビは認知、新聞は信頼といったメディアの役目を、それぞれ7:3くらいのバランスで使い分けています。

――グラフィックのメーンカラーは水色。音楽はマーチ。それらはどのように決めたのですか。

 胡麻麦茶を飲む=血圧を下げるための戦い、と仮定しました。そこから明るく元気よく戦える曲は何か考え、マーチの曲を探してもらったんです。その中で現在使われている曲に決まりました。聞いた瞬間「コレだ」と即決。音楽にはこだわりがあるので、独断で決めさせていただきました。

 色についてですが、水色は、白いワイシャツを着る高橋克実さんとのバランスから、清潔でまじめで信頼感のある色だと考えたんです。名づけて「トラストブルー」。私たちが勝手に決めた名前なんですけどね。血圧の変化を表したグラフをグラフィックで見せることも決まっていたので、それとの兼ね合いもありました。

 あらためて見ると、なんだか看板のようなデザインにも見えますね。いろいろマイナーチェンジはしているのですが、大きな変化はありません。
コピーもいろいろと異なるタイプがあります。担当のコピーライターは、まだ20代で血圧を気にする年代ではありません。私は血圧が高く、薬も飲んでいます。薬を飲み始める前に胡麻麦茶で下げることができていたら、という切実な思いがあるんです。私は高血圧の人の気持ちが誰よりもわかるので、コピーの「この表現はアリ」「これはナシ」と即断できる。その中には血圧が高い私もハッとするようなコピーもあり、いいコンビだと思っています。そうやって作った広告を通じて、血圧が高い人は早めに胡麻麦茶を飲んで、食事や運動にも気を配りながら一緒に治していきましょう、といういい流れになるといいなと思っています。

2010年10月2日付 朝刊 サントリー 2010年10月2日付 朝刊
2010年10月16日付 朝刊 サントリー 2010年10月16日付 朝刊
2011年2月5日付 朝刊 サントリー 2011年2月5日付 朝刊
2011年2月19日付 朝刊 サントリー 2011年2月19日付 朝刊

――それは決して簡単なことではないですよね。

 広告は正解がない世界ですからね。サントリーは広告の目利きですから、いいと思った広告は簡単に変更しないんです。伊右衛門は7年同じシリーズで展開しています。胡麻麦茶は2年同じシリーズです。初期の胡麻麦茶の広告表現は、今とは違う訴求の仕方でした。現在の手法に行き着くまでには紆余曲折(うよきょくせつ)があり、約2年前に現在の表現にたどり着いたんです。血圧が高めの方は毎日飲み続けることで、血圧が下がるということをグラフと共に直球で伝えていく手法に変えたことで、売り上げも右肩上がりに。ようやく胡麻麦茶のブランディングを始めることができました。

新しいデバイスを手にして改めて感じる新聞広告ならではの力

――永見さんは胡麻麦茶や伊右衛門のほか、日産自動車のティアナ、クラシエフーズのフリスクなども手がけていますね。長年、広告業界で働く永見さんにとって、仕事の面白さはなんですか。

 毎回、クライアントが違うので、いろいろな商品と表現にチャレンジできるので飽きがこないんです。ソニー・コンピュータエンタテインメントのプレイステーションの仕事をしていた頃は、大量のCMを制作し、ユーモアのある広告を作っていました。その後、日産自動車の仕事を手がけ、セダンのクルマの広告も担当しました。サブカルチャーが好きな自分にとって、セダンのクルマの担当は住む世界が違うような感じだったんです。けれども、気づけば自分も年齢を重ね、オーソドックスな美しいものにも興味が持てるようになっていました。それをきっかけに、視野がぐんと幅が広がったと思います。

――新聞や書籍など紙媒体の電子化が進む現在の状況について、永見さんの意見を聞かせてください。

 正直なところ、もともとCMプランナー出身なので、紙媒体についてじっくり考えたことがないんです。最近、自分もiPadを持つようになり少しずつですが考えるようになって思ったのは、日本全国津々浦々の家に届く新聞は、大衆に訴える力がとても強いということです。フェイスブックやツイッターなどが浸透してきていますが、まだ、一部の先端を行っている人向き。日本国民全員を相手にしているものではないと思っています。

――最後に、新しいメディアと対峙(たいじ)する今、この先どのように変化していくと思いますか。

 メディア環境の変化について議論されていますが、テレビCMや新聞広告をオールドメディアだと切り捨ててしまうのは、何か違うように思います。新聞、テレビ、ラジオ、雑誌という4マスメディアを今でも応援していますが、そういうこと言うと「永見さん古いよ」なんて、言われたりして。悩ましいところです。変化を否定するわけではないんです。若い世代の人たちと一緒にこれからの広告を考えていきたいことです。

 胡麻麦茶はiPhoneアプリも開発しました。様相が変わらないのは、メディアが変わっても根っこの部分が一緒だから。肝はブランディングなんです。ブランディングが幹でメディアは枝葉。根っこがしっかりしていれば、取るに足らず。フェイスブックの中に血圧ファンページを作っても、同じトーンで作ることができます。それにしても、特保という表現が難しいジャンルでブランディングを語るのは渋いですね。個人的にも血圧の高い人を一人でも減らすことに貢献できていれば、社会的な意味もありうれしいです。

柔らかくて太い鉛筆を愛用

永見浩之氏愛用の柔らかく太い鉛筆 永見浩之氏愛用の柔らかく太い鉛筆

滑らかで柔らかい8Bの鉛筆。力を入れずに書ける滑らかな書き心地が気に入っている。通常の鉛筆よりも太いタイプ。「絵コンテを書くときには、絶対コレ」と永見さん。

永見浩之(ながみ・ひろゆき)

博報堂 クリエイティブデザインセンター エグゼクティブクリエイティブディレクター

1961年福岡生まれ。1985年大阪大学卒。1985年から博報堂に勤務。サントリー、日産自動車、クラシエフーズなどのブランディングを手がける。ACC賞、TCC賞、ロンドン広告賞、クリエイター・オブ・ザ・イヤー特別賞など国内外の受賞多数。レコードコレクターとして一部で有名。

※新聞広告を手がけるクリエーターにインタビューする、朝日新聞夕刊連載の広告特集「新聞広告仕事人」に、永見浩之さんが登場しました。(全国版掲載。各本社版で、日付が異なる場合があります)

広告特集「新聞広告仕事人」Vol.20(2011年4月2日付夕刊 東京本社版)