「エネルギーを、すてきに。ENEOS」。このコピーとともにエネゴリくんというキャラクターを使って、エネオスのサービスと企業イメージを織り交ぜた、今までにない新しい広告を制作している石川英嗣さん。セオリーに縛られない石川さん流の広告作りのこだわりや、考え方など、具体的な事例と併せて紹介する。
――エネオスのキャラクター、エネゴリくんは、どのような経緯で誕生しましたか?
今でもエネオスといえば、サービスステーションつまりガソリンスタンドというイメージだと思います。広告も男性的で力強い、メジャーなイメージを全面に押し出したものでした。その後、時代のニーズに呼応するように、エネオスはエネファームという家庭用燃料電池や太陽光発電システムなど、ホームエネルギーシステムを扱う総合エネルギー企業へとシフトしていくことになりました。
エネファームや太陽光発電システムなどホームエネルギーシステムは、自宅でエコライフを実践できる身近な存在となるものです。やさしさや家庭的なイメージに変えることが求められました。そこで、エネルギー企業に縁遠かった女性や子どもにも親しんでもらうためにも、キャラクターを使ったコミュニケーションを考えました。
――なぜ、ゴリラだったのでしょう。
スタッフがいろいろ出してきたアイデアの中から、これまでキャラクター化されていなくて、あまり可愛すぎない動物がいいと思って、ゴリラに決定しました。直感です。新聞など紙媒体ではイラストレーションで、CMは着ぐるみで展開しています。
――エネオスの新聞広告では企業メッセージを伝えつつ、クイズやクロスワードパズル、間違い探しなどに答えるとプレゼントがもらえるという、レスポンス広告としての機能を持たせたものが特に印象的です。
単に環境をテーマにしただけの企業広告では、目立たず注目されないだろうと考えました。そこで、楽しみながらエコライフや環境問題について、みんなに興味を持ってもらえる仕組みはないか模索していたとき、思い出したのが新聞のクロスワードパズルや間違い探しなどのクイズ。僕も子どもの頃、家族が新聞の前に集まって頭をつき合わせながら、楽しんだ思い出があります。エコライフや環境問題をテーマにしたものでも、クイズなら楽しみながら知識も得られる。そのアイデアを広告紙面で具現化させました。
――「トモダチ探しクイズ」と題したキャンペーン広告も親子で楽しめる内容でしたね。
出稿した日が祝日だったことも幸いして、知人からも「息子とやったよ」と連絡がありました。これは、朝日新聞朝刊に毎日掲載されている人気シリーズ「しつもん!ドラえもん」をヒントに考えたんです。まず、1面に掲載した「トモダチを探してください。」とエネゴリくんのお願いから始まり、情報の森ともいえる新聞紙面の随所に隠れたトモダチを探していきます。このような複雑な紙面取りができたのも朝日新聞社の協力があったからこそです。
トモダチと称された動物は、絶滅危惧(きぐ)種に指定されているクロサイやフタコブラクダ、オランウータンなど全9種。トモダチ全員を発見するとキーワードも見つかる仕組みで、応募すると抽選でプレゼントがもらえるという筋道。生物多様性をテーマとする国際環境会議の開催に合わせた企画でもありました。エネゴリくんも、実はニシローランドゴリラという絶滅危惧種に指定されているゴリラをモチーフにデザインされたものです。
広告主であるJX日鉱日石エネルギーは「地球環境との調和」という行動指針を掲げています。「トモダチ探しクイズ」では、エネファームと太陽光発電もトモダチとたとえ、森を守りたいというメッセージを発信することもできました。
企業広告は淡々と真面目な雰囲気で、レスポンス広告はアクセス方法を一番目立たせることが一般的だと言われています。けれども、それでは類型的なものしかできないと思っているんです。誰が決めたかわからないセオリーを意識しすぎると、クリエーターがあらかじめ妥協点や着地点を決めてしまうので、結局面白くない広告になってしまう。だから、僕は広告づくりの中にある垣根を取り払って考えます。
――石川さんがそのような広告を作るようになったきっかけは?
とても長くお付き合いさせていただいている旭化成ホームズの広告制作の経験がかなり影響していると思います。例えばヘーベルメゾンは賃貸住宅で、アパートの建設から経営、土地活用などをサポートしています。ヘーベルハウスのように展示場がないので、資料請求を目的とした新聞広告を出稿しています。
レスポンス広告だからといって、連絡先を大きく掲載するようなベタな表現にはしたくない。旭化成ホームズというブランドイメージを損なわないように気を配りつつ、資料請求もしたくなるような広告である必要があるわけです。そのような広告を継続的に作らせていただくうちに、レスポンス広告と企業広告は織り交ぜられると、身をもって経験することができました。
2010年10月11日付 朝刊
どこかで見たことのあるものではなく、独自の表現で勝負する
――ユニクロのパンツの広告もインパクトがありました。
これは限定期間のみパンツ3枚990円という商品の広告です。パンツについてヒアリングをしていたとき、ユニクロの製品づくりに対する姿勢を表すような企業メッセージとドッキングできるかもしれないとひらめいたんです。カラーやデザインが豊富ということを全面に出していく案もありましたが、最終的に選ばれたのは「人は、パンツの裏側と付き合っている。」というコピーでした。これは電通のアートディレクターの久保雅由さんと考えた企画ですが、新聞めくってパンツの裏側の写真が出てきたら、ふつうにびっくりしますよね。
――類型的にならず、注目されつつ内容も伝わる。とても高いハードルを自ら課している石川さんの仕事に対するポリシーは?
自分への戒めでもあるんですが、広告は基本的に誰にも期待されていないものだと思っています。広告を見るために新聞を買うのではなく、新聞を読んでいたら偶然見かけるもの。読み飛ばされることが前提です。だから、類型的な表現では埋もれてしまう。新聞広告はもっと自由であるべき、というのが持論。とはいえ、今までにないオリジナルな広告を世に発信するためには、クライアントの理解があってこそなんです。エネオスのゴリラをキャラクターに選んだこともクイズ形式の企業広告も「やってみよう」とGOサインを出すのはクライアントです。
クライアントは独自の商品やサービスを必死で開発しています。広告も同業他社との商品と差別化するためには、どこかで見たことのあるものではなく、独自の表現であるべきなんです。それを勇気を持って「やろう」と決断できるクライアントは、決して多くはありません。最終的には、今まで見たことがなく違和感を覚えるものは敬遠され、あたりさわりのない類型的な表現を選びがちなんです。多くの人の記憶に残る広告づくりは簡単なことではない。けれども、それに向かって挑む企業は本当にスゴイと思う。尊敬します。
――では最後に、読者へメッセージをお願いします。
朝刊を読むことと散歩って似ていると思っています。散歩は季節の移り変わりを感じたり、新しい店を見つけたり、ほんの小さなことでも、新しい気づきをもたらしてくれますよね。その楽しみは新聞でも味わえるんです。なじみの店に立ち寄る感覚で、天声人語を読むとか、入ったことのない店のショーウインドーのディスプレーに惹(ひ)かれて店のドアをあけるように、気になる見出しから記事をじっくり読んだり。そんな知的な散歩の途中で、ふと立ち止まってもらえる広告を作り続けたいと思っています。
最近は新しいメディアの登場で広告は過渡期。変わるべきこともあるし、変わらずにいるべきこともある。広告を手がけるクリエーターであるならば新聞広告という既存のメディアで、どれだけ人を惹きつけることができるか、記憶に残るものがつくれるかは基本中の基本だと思うんです。僕が新しいメディアに乗り遅れていることも事実ですが(笑)、新しいメディアの使い方ばかりに気を取られて作った広告は、中途半端なものが多い。メディアが何であれ、誰の記憶にも残らない広告では意味がないのです。
愛用品は、オリジナルの原稿用紙とウオーターマンのボールペン
電通時代に使っていた備品の原稿用紙と同じデザインです。400字と余白付。独立したとき、電通の久保雅由さんにロゴ入りのオリジナルを作っていただきました。僕の場合、コピーは手書きが基本です。パソコンはある程度コピーが完成したら使う程度。原稿用紙のマス目は無視して、好きなように書くことがほとんどです。だったらマス目がなくてもいいかと言えば、そうでもないんです。マス目があったほうが考えやすい。慣れなのでしょうか。不思議なものです。
石川広告制作室 クリエーティブ・ディレクター/コピーライター
1959年生まれ。1983年上智大学文学部新聞学科卒業。同年、電通入社。2006年(株)石川広告制作室を設立。現在に至る。生活者を洞察する視点からコピーを書くコピーライターと同時に、骨太なキャンペーンを手がけるクリエーティブ・ディレクター。おもな仕事歴は、トヨタ自動車「こども店長」、旭化成ホームズ「ヘーベルハウス」「へーベルメゾン」、朝日新聞社「企業広告」、JX日鉱日石エネルギー「ENEOS」など。受賞歴は、朝日広告賞、毎日広告賞、日経広告賞、ACC賞、電通賞、TCC賞など多数。
※新聞広告を手がけるクリエーターにインタビューする、朝日新聞夕刊連載の広告特集「新聞広告仕事人」に、石川英嗣さんが登場しました。(全国版掲載。各本社版で、日付が異なる場合があります)