西友は安い。そのイメージを世間に浸透させた「KYでいこう!」というキャッチコピーの広告。生みの親はクリエイティブディレクターの加藤哲志さん。西友と競合店のレシートを使った比較広告も制作し、業界内外問わず大きな話題を呼んだ。ハッと目をひき、驚きの後に納得感。現在はテレビCMも展開する一連の広告は、一体どのように作られているのだろうか。その制作過程を聞いた。
――西友の広告はいつ頃から手がけていますか?
2008年11月に出稿した新聞広告がキャンペーンの始まりでした。それまで西友の広告といえば、折り込み広告、店内ポスターやPOPなどが中心。「西友が安い」ということを世間に浸透させるには、マスメディアを使った方がいいという共通認識は、クライアントも僕らにもありました。けれども、実際に動き出してはいませんでした。新聞広告で使用された「KYでいこう!」というコピーも、当初は店内用のポスターやチラシなどで使用するプライスメッセージ案のひとつとして作ったもので、実はボツになったものなんです。
――ボツ案が再浮上して、新聞広告で使われたのはなぜですか?
マーケティング本部長の富永朋信さんに最終選考で選ばれたコピーを見せたところ「ちょっと優等生な気がしますね、他にどんなのがあったの?」と。そこで、ボツ案となった数十本のコピーを改めて見せたとき、富永さんの目がくぎ付けになったのが「KYでいこう!」だったんです。
そのとき「なぜ、これがボツになったのか」とみんなに問いました。スタッフの答えは「面白さは分かるけどあえてネガティブなワードを使うのは…」「西友の今までの文化に合わないコピー」などで、常識から考えれば選ばれない言葉でした。でもみなさん内心では、インパクトの強さやユニークさは感じていたと思います。そして、せっかく採用するなら、いちばんこのコピーのメッセージが届くメディアで出そう。ということで、急ぎ新聞広告を打とうということになりました。デザインもこのコピーを中心にして、それを生かすように考えました。
――「カカクヤスク」と読ませているとはいえ、もともと「KY」とは「空気が読めない」というネガティブな意味を持つ言葉ですよね。それを広告でメーンコピーとして使うことに対して加藤さん自身、抵抗などありませんでしたか?
ネガティブな言葉をあえて使うということは、ちょっと自虐的なので、クライアントにもなかなか提案しにくい。勇気が入ります。でもうまく使えば共感も生まれるし、インパクトも強いんです。そもそも、スーパーマーケットの広告で「安い」ということをメッセージするのは当たり前すぎて響かないんですね。「安い」が、激安、メガ安、ギガ安と変化させていくだけでは、なんの刺激にもならない。
――西友と競合他店の本物のレシートを並べた、西友がどれだけ安いかを比較する広告も衝撃的でした。
「KYでいこう!」の広告を制作する以前、消費者にアンケートなどを行った結果、「西友=安い」というイメージを持っている人があまりにも少なかった。そこで、「KYでいこう!」と宣言したのだから実証もしよう、という流れで作りました。
アメリカなどでは比較広告はそれほど珍しくないんですけど、日本ではあまり見かけないので注目されたのだと思います。出稿した後、内外から「品がない」「こんなことやっていいのか」という意見もあり、賛否両論だったのは事実。けれども、結果は出たんです。来客数も、売り上げも上がりました。
既存のイメージを変えるためのコミュニケーションは新聞広告から
――メディア展開のスタートとして、新聞広告を選んだのはなぜでしょう?
新聞の信頼性は根強く、「西友は安くしてます」という企業の姿勢を伝えるにはもっともふさわしいメディアだと思っています。ニュースとして、価格の比較広告をとらえた場合、事実の信頼性を伝えるにも、新聞は優れたメディアだと思っています。また当然西友でも折り込みチラシは行っていますが、新聞を見て、改めてチラシで安さを確認していただくこともできました。
――新聞広告を制作する上で、心がけていることがあれば教えてください。
もっともニュース性の高いメディアなので、広告のニュース性というのは気にしています。その日に出してこその意味と、その日限りという広告の賞味期限を意識していることですね。表現としては、朝日新聞のように、きちんとした風格がある新聞紙上で、発揮できる質のユーモア表現を考えています。特に西友の仕事は、今までの広告作りのセオリーとは違う方法で作っています。
――どのように違うのでしょうか。
ブランドイメージを構築するためにはフォーマットやルールを作り、継続的に広告を出稿するという、ひとつのセオリーがあります。僕も今まで、それを実践した広告を数多く作ってきました。それに対して、西友はインパクト重視で細かいルールもなし。ロゴの位置が決まっているくらい。その都度、発信すべき内容に沿って適切なフォーマットを探し出して作っています。
それは、西友が小売業だからです。小売業はプライベートブランドを除けば、すべて他社から仕入れたものを売ります。売り場の商品も日々入れ替わるし、扱う商品も食品、日用品、衣料品などさまざま。それぞれ、買うときのマインドも違うはず。同じ安いでも、安さの度合いも違います。だから、内容に応じて作ると必然的にバラバラになる。それが自然なんです。とはいえ、俯瞰(ふかん)してみれば、なんとなく統一感はあるはずです。海パンを履いていても、スーツを着ていても、よく見れば同じ人だ、と気づく。そんな感じが理想です。
――テレビCMもコンスタントに制作しています。
西友の「KYでキャンペーン」がヒットして、売り上げにも貢献できたことは、クリエーターとしても喜ばしいことです。広告業界で30年以上働いていますが、結果が伴うと同時に、消費者が「面白い」とか「西友に行ったら、本当に安かった」とか、リアクションを知れたときもうれしいです。今はツイッターとか、ブログとか一般の人たちのリアクションを簡単に知ることができますからね。帰りの電車の中でケータイからツイッターをチェックするのも、ひそかな楽しみのひとつです。
――広告業界歴30年ですか。そもそも、この業界に入ったきっかけは?
僕が美大生だった頃、広告業界は今よりもっと華やかな世界だったんです。糸井重里さんや浅葉克己さん、横尾忠則さんたちみたいにカッコイイ仕事がしたいとあこがれました。ミーハーなんですけど、カッコイイ車乗って、いい女連れてビッグになりたいって。実際は、働き始めてからずっと理想と現実のギャップには悩み続けています。でもそのおかげで、生活者目線を失うことなく、広告づくりができていると思います。
――では最後に今後、何かやってみたいことなどがあれば教えてください。
今はありがたいことに、毎日仕事に追われているので、先のことは考えられないですが、すごくプライベートなことで言えば、自宅をリフォームしたいです。以前、収納棚をオーダーで作ったとき、扉のつまみで気に入るものがなく、外国のインテリア雑誌で見たものに近いものを、建築家の方と、探しまわったことがあります。こだわり始めると止まらないので、リフォームするとなったら、相当大変なはず。仕事で言えば、「生涯現役」でいることが目標ですね。少し前までは「生涯現役」なんて恥ずかしいので言うことをはばかっていたんですが、今は「生涯現役」と描かれた『狂剣神社のお守りステッカー』(クレイジーケンバンドのお宝グッズ)を、こっそりとデスクに張ってアピールしています。
愛用品は、ゼロハリバートンのアタッシェケース
アルミニウムのアタッシェケース。ビジネスマンが使用する一般的なサイズではなく、A4サイズがぴったりな小さめの変型タイプ。B4の書類は少し曲げないと入らない。ビジネスツールとしては少し不便なんです。でも、10年以上前から使っていて、僕のトレードマークのようにもなっている。これからも当分愛用していく予定です。
お守りは、アイデアの神様(置物)
香港の蚤(のみ)の市で出会った置物。仕事に行き詰まったら頭をなでて、アイデアの神様が降りてくるのを待ちます。今は会社のデスクの上で、時にはペーパーウエート代わりにされながら鎮座しています。アラブのどこかの国からシルクロードを渡り、大陸の果てに行き着いたのだと思っています。
モメンタムジャパン クリエイティブディレクター
大阪芸術大学卒業後、ヤップにデザイナーとして入社。以降エージー、マッキャンエリクソンを経て現在モメンタムジャパンにてクリエイティブディレクター。ACC賞、読売広告大賞、消費者のためになった広告コンクール、ギャラクシー賞、ロンドン国際広告賞、ニューヨークフェスティバルなど受賞。最近では西友のクリエーティブをテレビCMから店頭のPOPに至るまでトータルにディレクション。自他ともに認めるクレイジーケンバンドの大ファン。
※新聞広告を手がけるクリエーターにインタビューする、朝日新聞夕刊連載の広告特集「新聞広告仕事人」に、加藤哲志さんが登場しました。(全国版掲載。各本社版で、日付が異なる場合があります)