子どもから大人まで年代問わず親しまれる、話題の広告を数多く手がけているクリエーティブエージェンシー、シンガタのアートディレクター水口克夫さん。
現在、明光義塾の広告も水口さんが担当する仕事のひとつ。ロゴのリニューアルからマンガを使ったテレビCM、新聞広告など、具体的な制作過程について聞いた。
――明光義塾の仕事は、いつ頃から担当されていますか?
2005年から手がけています。広告制作をブランディングからトータルで担当させていただいています。最初は、ロゴマークのリニューアルから取りかかりました。
――具体的に手がけられた内容を教えてください。
明光義塾は個別指導が特色のひとつ。一方的に教えるのではなく、解決のヒントを与えて創造力や自立心に富んだ人材の育成を目指していることが分かりました。そこで、「子どもたち自身が、行きたいと思える塾」というコンセプトを考えました。
少子化という時代背景に伴い、親が子どもの教育に非常に熱心であるという現実があります。それに対して、子どもがプレッシャーを感じている。多くの進学塾は有名校への合格者数を伸ばすためにも、子どもたちに知識を詰め込むように猛勉強させるんです。私も小学生の子どもを持つ親なので、そういった現状が一部にあることを実感していました。けれども、明光義塾のスタンスは違う。その違いを明確にビジュアルでも伝える方法として、ロゴマークの一新を提案しました。しかし、その案に対するクライアントの反応は、最初は渋いものでした。
――それは、なぜでしょう?
当時のロゴの書体は太いゴシックで、真面目な印象のデザインでした。明光義塾という4文字の漢字は画数も多く、字面のイメージも堅かった。教育事業ですから、まじめなイメージであることは間違っていません。けれども、塾の特色を表現できないと思ったので、僕らは黄色い四角に青い文字で作ったロゴマーク(ほぼ現在使用されているものと同じデザイン)を提案しました。それまでのものと、あまりにも違ったので驚かれたのだと思います。ロゴだけではなく、テレビCMのストーリーや登場人物などと合わせてプレゼンテーションをして、なんとかOKをもらうことができました。
――日々、子どもや親たちと接している慎重な教育従事者に、「これがいいんです」と自信を持って言い切られたのですね。そのとき水口さんを支えていたものは、何だと思いますか?
たとえば、イメージをガラリと変えたいときは、まず核となるものをバーンと思いっきり変えるのがいい。この場合、核となるものはロゴだと判断しました。コンセプトの軸をぶれさせないためにも、絶対に必要な決断だったのです。そのときの判断や決断の基準となるのは、今までの経験だと思います。業種の違う広告制作を数多く手がけ、その都度得てきたすべての経験を自分の中に蓄積して、新しい仕事に生かしていきます。それは、この仕事の醍醐味(だいごみ)でもあると思う。
とはいえ、ロゴを変えた瞬間に、業績が急激に右肩上がりになるほど甘い世界でもありません。この仕事に限ったことではありませんが、継続してブランディングをしていくことが重要なんです。そのためにも、クライアントの理解とチャレンジ精神など協力があってこそ。僕らが考えていることを、とことん理解してもらえる仲間のような存在がクライアント側に一人でもいると、難しい案件もスムーズに通ることも少なくない。誰もが言っている通り、コミュニケーションは大切なことなのです。
――マンガの絵はどなたが描いているのですか?
シンガタのスタッフ、萩原ゆかが描いています。実はこれには裏話があります。当初、萩原が描いた絵はCMの絵コンテ。それを明光義塾の担当の方が見たとき「この絵が動いてCMになるんですか」と思われたんです。もともと、実写で作る予定でしたが、絵コンテのままで作ったほうが面白そう、ということになり、急きょ変更。塾のCMがマンガなんて、今までなかったと思います。まさしく「差別化できる」と、CMはマンガで作ろうと決まりました。
――現在、ホームページには「明光義塾のある町、明光町二丁目」というマンガのキャラクターが紹介されているコーナーもありますね。
何年か続けていくことで徐々に定着していきました。今年、新しいキャラクターを作ったんです。その名も「ダルマ先生」。ダルマって縁起ものでしょ。全国の教室の教室長や講師の皆さんからも、「これはいいね」と共感してもらえました。ただ楽しいだけじゃなくて、受験のことも考えている塾であることを伝えることができると、評判は上々です。
新聞広告は、旬で身近なネタで引きつける
――コンスタントに掲載している新聞の小型広告も印象的です。
新聞広告は春・夏の講習開催に向けたタイミングと合わせています。そのときの旬のネタが題材です。たとえば、サッカーワールドカップが開催されている時期のスポーツ面にはキャラクターとブブゼラを絡めたり、子ども手当が話題になった時期には、社会面で使い道を問うような内容にしたり。それは新聞広告の小型広告だからできること。特に社会面は塾に通わせる母親が必ず目を通す、お茶の間みたいなスペースだと思うんです。身近なネタがマンガになっていたら、気軽に見て共感してもらえるんじゃないかと。
――新聞広告の役割についてはどのように考えていますか?
テレビCMと同様、企業イメージをつくっていくものです。明光義塾の特色である「自主的に参加したくなる、堅苦しくない塾」であることが伝わることを目指しています。新聞広告とは別に、新聞の折り込み広告も制作しているんですよ。そのチラシでもブランディングを意識して作っています。
――折り込みチラシでブランディングとは、なかなか難しそうですね。
新聞広告と折り込みチラシの両方を展開する企業の多くは、新聞広告はスタイリッシュに、折り込みチラシはベタな表現で分かりやすく、というスタンスだと思います。けれども明光義塾では、「チラシでブランディングをしよう」が合言葉。表面はブランドイメージを表現するビジュアルにして、裏面はカリキュラムなどの詳細を伝えるという役割を持たせてデザインしています。裏面の情報も読みやすさとデザイン性を徹底的に追求する。チラシだからと、決してあきらめないし手も抜かない。それが重要です。実際、入塾に関するアンケートでは、テレビCMや新聞広告で明光義塾という存在を知り、チラシを見て入塾を決めたというケースも、少なくないんです。だから新聞広告もチラシも、同じ意気込みで作っています。
――では、最後に水口さんが所属するシンガタについて聞かせてください。シンガタの仕事を拝見すると、楽しそうな仕事が多いように思いました。たとえば、人間の家族のお父さんが犬だったり、ハリウッド俳優が宇宙人だったり、誤解を恐れず言えば悪ふざけととらえられかねない設定だったりします。けれども、それらは新しいユーモアとして広く親しまれ、クライアントの業績やイメージの向上にもつながっている。広告業界でも高く評価されており、結果も出している。そういった状況についてどのように考えますか?
結果が出せているのは、まず作っている僕らが楽しんでいるからだと思うんですよ。でも、楽しい仕事をしているのではなく、楽しく仕事をするために、がんばっているんです。たとえば、仕事がつまらなければ、プライベートを楽しく過ごす、と考えるパターンもあると思います。けれども、シンガタのメンバーは違う。特にクリエーティブディレクターの佐々木宏は、楽しく仕事するためなら徹夜もするし、プライベートがなくても平気な人なんです。僕はその域には達していませんけどね(笑)。とにかく、仕事は楽しいほうがいい。そのための努力は惜しまない。そんな人たちの集まりでもあります。
鉛筆だからこそイメージがふくらむ
今の時代、Macでデザインするのが当たり前になっていますが、その前に頭の中でイメージした絵やカタチを一度、自分の手で描いてみることが大事だと思っています。Macだけで作業すると、どれも同じようなデザインになってしまいがち。
たまたま、この鉛筆は会社の備品としてある「ステッドラー」のものですが、特にブランドやメーカーにこだわりはありません。芯については、B以上のやわらかい書き心地のものが好みです。
シンガタ アートディレクター
1986年金沢美術工芸大学卒、同年、電通入社。アートディレクターとして数々の広告に携わる。2003年、黒須美彦・佐々木宏らとシンガタを設立。現在に至る。主な仕事に、サントリー「BOSSレインボーマウンテン」、ソフトバンク、明光義塾、富士フイルム「アスタリフト」、江崎グリコ「オトナグリコ」。おもな受賞歴に、ADC賞、カンヌ国際広告祭、アジア太平洋広告祭ベストアートディレクション、広告電通賞、朝日広告賞、毎日広告デザイン賞など多数。