シャープの広告など、広告制作の指揮官として手腕を振るう、アサツー ディ・ケイ(以下、ADK)のシニア・クリエーティブディレクター、安井仁志さん。ブランディング広告の企画の立て方、具体的な仕事内容、また、コピーライターから現在のポジションに至った経緯などを聞いた。
――シニア・クリエーティブディレクターの仕事内容について教えてください。
広告制作の現場での指揮官のような役割です。広告の方向性を決め、コピーライターやCMプランナーなど現場のスタッフを取りまとめます。簡単に言ってしまえば、クライアントとクリエーターの間に立つ調整役といったところでしょうか。自分でコピーを書きたいという気持ちもありますが、そうすると現場はややこしいことになるし、それぞれのクリエーターの立場や考えを尊重するのは大事なことだと思っています。もちろん、気になったことがあれば指摘はしますが、一方的なダメ出しはしないようにしています。「どこを、どうしようか」と相談しながら、積み上げたブロックを差し替えていくような感覚です。それを繰り返しながら、最終的にピラミッドが組み上がるように広告を完成させるという作業をしています。
――「自分でコピーを書きたい気持ちもある」ということですが……。
僕の出発点はコピーライターなんです。大学卒業後、I&S(現・I&S BBDO)に入社してコピーライターとして仕事をしていました。大学在学中に朝日広告賞の準グランプリをすでに受賞していたからなのか、今思うとかなり生意気な新人だったと思います。当時、入社してから営業を経験し、転属試験を受けてクリエーティブ局に異動できるという決まりがあったのですが、駄々をこねて(笑)。「だったら辞める」などと言って、例外中の例外で1年目からコピーライターとして仕事をさせてもらっていました。TCC新人賞を受賞したのが33歳のとき。若い頃はコピーを書くのが面白くて、年賀状からあいさつ文まで何でも書いていました。
――どのような経緯で現在の立場になったのですか?
コピーライターとして仕事をするうち、キャッチコピーやナレーションなど言葉にまつわる部分だけではなく、企画そのものに携わりたいと考えるようになりました。昔は今よりも縦割り、分業制だったんです。そこで、肩書をコピーライターからCMプランナーに変更。プランナーとして経験を積むと、今度はコピーやデザインなど広告全体を見る立場、クリエーティブディレクターになりたいと思い始めるようになりました。広告の方向性を決める立場として、クライアントの宣伝部長などと直接話ができるのはクリエーティブディレクターですからね。自分が直にかかわらないところで勝手にプランが変わっているのも嫌だったし(笑)。だから、広告自体のプランを話し合う場に自分もいられる立場になろうと、今度はCMプランナーからクリエーティブディレクターへと肩書を変えました。
――肩書とは、そんなに簡単に変えられるものではないのでは?
いや、それが変わるんですよ(笑)。仕事をするうち、必然的に向かっていったという感じです。そのためには、「彼にやってもらおうよ」とまわりから思ってもらえるように、流れを作ることが重要だと思う。まわりが自分を必要としてくれなければ、仕事はまわってきませんからね。流れを起こしたら、巡ってきたチャンスを逃さずつかまえる。肩の力をほどよく抜いて、万全の体制で待つことです。
――最近のお仕事についてお聞きします。シャープの広告にはいつ頃から携わっているのですか?
僕が手がけるようになったのは10年くらい前のことです。それまでは、ADKはシャープの仕事はほんのわずかしかなく、自主提案からのスタートでした。まず、広告コンペで洗濯機の広告を作り、それがなかなか評判が良かったんです。そうしたら、次の広告コンペにも参加してほしいと、声をかけてもらいました。そのとき通った広告が「エコロジークラスでいきましょう。」というシリーズ。「猫です」というナレーションから始まるCMで、最終的に5年続きました。
――環境がテーマの広告でしたね。それはシャープ側からのリクエストだったのですか?
そうです。もともと、シャープは太陽光発電システムや液晶テレビなど環境に配慮した製品を作っていました。それを前面に押し出していこうとシャープ宣伝部の方々と一緒に考えたものです。当時の調査によると、環境先進企業と言えばトヨタがダントツ1位。プリウスの生産が大きく影響していたと思います。家電メーカーは、どこもランキングの上位からはずれていました。けれども、「エコロジークラスでいきましょう。」という広告の効果から、3年後にはなんと総合4位にランクインしたんです。シャープの現状をくみ取って発信した結果でした。
――広告クリエーティブの本領発揮ですね。「シャープ=環境先進企業」という構図は、老若男女問わず定着していると思います。その後、展開された「太陽とシャープ」篇の新聞広告では、「救うのは、太陽だと思う。」というコピーとイメージビジュアルの組み合わせが印象的でした。
こうした企業広告は、クライアントの理解がなければ実現できません。理解していただける背景には、これまでシャープの広告を手がけてこられたコピーライターの仲畑貴志さんをはじめ、アートディレクターの副田高行さんなどクリエーターが耕してきた土壌があるからこそ。だから僕の意見にも聞く耳を持っていただけるのだと思っています。
――今年の1月からロゴに付随しているキャッチコピーが「目指してる、未来がちがう。」に変わりました。そのきっかけは?
約20年ぶりのリニューアルでした。ある時期から、シャープがこれから注力していこうとする事業と「目の付けどころが、シャープでしょ。」というキャッチコピーに違和感が生じてきました。そもそも「目の付けどころが、シャープでしょ。」というコピーが作られたのは、液晶ビジョンやコードレス電話機、電子レンジなど、独自の視点で新しい家電が生み出されていた時代です。それから時代と共に成長を重ね企業として熟成され、現在、基幹となる事業は太陽光発電、プラズマクラスター、液晶ディスプレー、LEDの4つにシフトしつつあります。車やホテル、病院や工場などに関連する事業も多く手がけており、家電というカテゴリーでは到底収まりきらない領域に達したという背景があります。いくつか候補の中から採用されたのが、「目指してる、未来がちがう。」というコピーでした。
――1月のシリーズ広告は、新聞広告を皮切りとした展開でしたね。その理由は?
個人的には、企業のメッセージを伝えるメディアとして新聞広告に代わるものはないと思っています。今では、インターネットという簡単に情報発信できる手段がありますが、同時に受け手の生活者にも見定める力も養われてきているように思えます。その点からも、新聞は欠かせないメディアだと考えています。
――安井さんは学生時代に朝日広告賞の準グランプリを受賞していますが、いつ頃から広告業界を目指したのでしょうか?
実は、もともと政治家になりたかったんです(笑)。大学生になってから尊敬する候補者を応援し、選挙活動を手伝っていました。けれども、あるとき政治家にはなれない、とあきらめました。そして、あらためて世の中を見渡したとき、目に飛び込んできたのは、クリエーティブでなんか自己表現できそうな広告業界でした。コピーライターの活躍を知り、「これなら自分でもできるかも」とコピーライター養成所に通ったんです。そこで知り合った人から「朝日広告賞」の存在を知り、応募しました。新聞広告というものが一体どういう過程で出来上がっているかも知らない状態。知り合いが手伝ってくれたので、応募できましたが、自分ひとりだったら無理。そもそも、朝日広告賞の存在すら知らなかったのですから(笑)。
政治と広告、かけ離れた世界ですが、戸惑いはありませんでしたね。実は根っこの部分は似ていると思うんですよ。どちらもコミュニケーションの仕事なので。
――広告業界の方、業界を目指す方にメッセージをお願いします。
僕からアドバイスできることは、「欲を出し過ぎない、がんばり過ぎない」ということです。たとえば、コピーライターになって広告作りたいと鼻息荒く意気込んでいる人ほど、なれないと思う。自分が置かれている立場や状況を冷静に確認して、自分の足りない部分を見極めること。そして、必要な努力をすることが大事だと思います。
安井さん愛用の腕時計
TCC(東京コピーライターズクラブ)の新人賞受賞の記念に購入した、ブライトニングの時計。スイスに発注し半年ほど待って手に入れた、こだわりの一品。「33歳のときから、ずっと使ってます。実は、これしか持っていないんです。毎年のメンテナンス代を考えたら、もう1個、違うのを買えたかも(笑)」(安井さん)
1958年愛知県生まれ。立教大学法学部卒業後、広告会社I&S(現 I&S/BBDO)に入社。 ブリヂストン、資生堂、セゾングループ等を担当。1996年、第一企画(現 アサツー ディ・ケイ)に入社。シャープ、ロッテ、明治安田生命、キリンビバレッジ等を担当。 最新作は、ゆうちょ銀行「日本全国、ゆうちょ家族」。主な受賞歴は、準朝日広告賞、ACC賞、消費者のためになった広告賞、読売広告大賞、 フジサンケイグループ広告大賞最優秀賞等。東京コピーライターズクラブ会員。現在、クリエイティブユニット1 所属。
※新聞広告を手がけるクリエーターにインタビューする、朝日新聞夕刊連載の広告特集「新聞広告仕事人」に、安井仁志さんが登場しました。(全国版掲載。各本社版で、日付が異なる場合があります)