新しいテクノロジーとのリンクで、新聞広告の可能性を広げる

 広告紙面に記載する特定のマークにiPhoneをかざすだけで、映像や音声など動画コンテンツが配信される「A-CLIP」。そのクリエイティブディレクターを務めた杉山豊さんに、企画開発の背景、今後の展開、またクリエーティブな仕事を目指したきっかけ、仕事の面白さなどを聞いた。

杉山 豊氏 杉山 豊氏

――まず、杉山さんが広告業界に入ったきっかけを教えてください。

 学生時代から、マスコミ業界に興味がありました。自分はジャーナリズムより、物事の魅力的な側面を世の中に発信していく広告の仕事のほうが合っていると思ったので、広告会社への就職を希望しました……というのが、面接試験で話したことです。本音の本音は、広告会社に入れば、好きなアイドルに近づけて、もしかして結婚できるかもと思ったから(笑)。でも入社してから、アイドルは青年実業家と結婚する率がどうやら高いという、驚愕の事実に気づいたのでした(笑)。

――クリエイティブディレクターとして、具体的にどのようなお仕事をされているのですか?

 クリエイティブディレクターは、コピーライターやアートディレクターといった制作部門で経験を積んだ方が多いのですが、僕は、セールスプロモーション(SP)部門の出身。珍しいケースなんです。これまでの経験を生かし、広告と販売促進を結びつけていく仕掛けや仕組みを含めてディレクションしています。

――その中で新聞広告はどのような役割を果たしていますか?

 新聞広告は、生活者巻き込み型のプロモーションの起点です。面白い新聞広告は、今も昔も大きな話題を巻き起こします。最近は「あの新聞広告見た?」と、インターネット上で話題となり、コンビニの新聞が売り切れるというケースも珍しくないですからね。新聞が発信した情報を得ている人は、部数その他の実際に公表されている数字よりも確実に多いはず。テレビの情報番組では新聞が掲示されて、そのまま情報として読み伝えられていますし。

――インターネット広告との違いについては、どのようにお考えですか?

※画像は拡大します。 2010年1月8日付朝刊 「A-CLIP」企画の告知広告 「A-CLIP」企画の告知広告

 新聞広告とインターネット広告の大きな違いは「驚き」の大きさだと思っています。インターネットは欲しい情報を自ら探し出すためのツールのひとつ。能動的に情報を集めているので、偶然広告を見かけても自分の関心に沿った商品や内容の広告が多く、驚きは少ないんです。それと比べて新聞広告は、日付限定で世の中をあっと驚かせることができます。エイプリルフールに出稿された、としまえんの「史上最低の遊園地。」(1990年)はその代表例のひとつ。驚いたといえば、宮沢りえさんのヌード写真集「サンタフェ」の広告(1991年)も。あの日の朝のことは、今でもはっきり覚えていますよ。スポーツ新聞にヌード写真は珍しくないですが、朝日新聞でヌードですからね。品格のある新聞に広告を出稿したことで、上質なヌード写真集として扱われたのも、新しい現象だったと思います。

2010年1月8日付朝刊 フォルクスワーゲン グループ ジャパン フォルクスワーゲン グループ ジャパン

――A-CLIP(エークリップ)を手がけたきっかけは?

 以前、QRコードから音楽をケータイで聞くという、クロスメディアの新聞広告を制作したことがあります。それが評判が良かったことから、A-CLIPのプロジェクトチームから声がかかって携わることになりました。

――具体的にどのようなサービスなのか教えていただけますか?

 広告紙面に記載する特定のマークにiPhoneをかざすだけで、動画コンテンツが配信されるサービスです。新聞と動画という対極にある2つが、iPhoneを介してリンクするわけです。1月の初披露のときは、旅行広告から旅先の風景、映画広告から予告編、クルマのCMからCM映像などをリンクさせて配信しました。

――新聞広告が動画とリンクするアイデアは斬新ですね。

 子どもの頃から新聞で映画の広告を見るたび、そこから予告編が見られたらもっと面白いだろうなって想像していたんです。それが実現した背景には、印刷技術の向上とテクノロジーの進化がありました。実際、QRコードを使った広告を制作した経験からも、刷り物とデジタルメディアの相性の良さは確信していました。

――iPhoneを活用するシステムにしたのは、なぜですか?

 ある日、電車の中で新聞が入ったかばんを持ちながら、iPhoneを操作しているサラリーマンを見かけました。最先端のスマートフォンをいち早く使いこなし、いわゆる世の中を知る上でベーシックなメディアである新聞もチェックしている。そんな大人たちは、上質なトレンドセッターだとピンときたんです。

――A-CLIPのクリエーティブディレクションで、最初に行ったことは?

 言葉の説明だけではわかりづらいので、A-CLIPのマークを掲載したダミーの新聞広告をつくりました。技術チームはiPhoneでマークを読み取ってから動画へつなぐまでの速度を追求するなど、「そこまでやらなくても……」と止めに入るくらい細部までこだわって制作しています。

――A-CLIPの魅力は?

2010年1月8日付朝刊 映画「Dr.パルナサスの鏡」 全5段 映画「Dr.パルナサスの鏡」 全5段

 ひとつは、気になった新聞広告の情報を、iPhoneに保存して気軽に持ち歩くことができるところ。もうひとつは、印刷された新聞がiPhoneによって、より一層面白くなるところ。個人的にはテクノロジーとテクノロジーを掛け合わせたり、アナログなものを単純にデジタルメディアに変換して新しい何かを作ることには、あまり興味がないんです。
A-CLIPのプロジェクトチームは、本当に天才!と思う技術チームと、新聞広告について精通した仲間がそろっていたので形になりました。こういうテクノロジーと広告ビジネスの掛け算が面白いですね。

――今後、A-CLIPはバージョンアップしていきますね。

 最新版はクリックせずかざすだけで動画にリンクさせることができます。また、今後は電子クーポンを発行して販売促進につなげる仕組みも考案中です。A-CLIPの登場によって新聞とウェブの距離は、ぐっと近づいたと思います。それによって、本来新聞に掲載されてきた様々な文字情報は、安心して転送先のウェブサイトに任せることができるようになるでしょう。すなわち、説明的になりがちだった新聞広告は、よりビジュアル的な表現に力点を置けるメディアとして復活する可能性があります。

――杉山さんが新聞広告のクリエーティブに取り組むうえで原動力になっていることとは。

杉山 豊氏

 僕が以前から目指していることは、映画や音楽などエンターテインメントの魅力を、新聞広告を使ってより多くの人に伝えていくこと。ファンが確実にチェックしているだろうウェブサイトに広告出稿したほうが費用対効率がいいのでは、という声もあるでしょう。けれども、エンターテインメントは「心の薬」のようなもの。音楽や映画に支えられて生きている人はたくさんいますが、僕自身もいままで映画や音楽に勇気をもらったり励まされたりしてきました。だからこそ、ファン以外の人にも、その素晴らしさを教えてあげたい気持ちがあります。エンターテインメントを必要としている人たちは、まだまだたくさんいると思います。

――では、最後に次世代のクリエーティブ業界を担う若者へメッセージをお願いします。

 自分が好きなことや興味があることは、まわりの人に言うべきだということです。仮に今の仕事に関係なくても、ずっと「○○が好き」と言ってると、いつの間にか近づいていたりつながったりするものです。意思表示もせず、自分の気持ちを誰かが察してくれるなんて、世の中そんなに甘くない。図々しいくらい、自分の気持ちを声に出して伝えるべきです。

※A-CLIPは朝日新聞社、博報堂DYメディアパートナーズ、クウジットが共同開発しました。
A-CLIPプロジェクトメンバー:許 光樹、上路健介、丸山安曇、岡 史浩、佐藤圭太朗、佐藤達郎、伊牟田芳明、崎谷素子、田中 淳、増田裕介
・現在、動画コンテンツをご覧いただくことはできません。

スパイダーマンをこよなく愛する杉山さん

スパイダーマンアイテム スパイダーマンアイテム

 アメコミ(アメリカンコミックス)に魅了されている杉山さん。バッグ、ポメラ(デジタルメモ)、スマートフォンなど、スパイダーマンやX-MENアイテムで統一。スーツは私物。モノクロの写真でも目立つようにと、柄物をチョイスしたと杉山さん(新聞掲載はモノクロとなるため)。

杉山豊さんがクリエーティブを手がけた新聞広告の一例

2006年10月22日付 朝刊 ビーグラムレコーズ
「世界初の試聴広告」と銘打ち、アルバムに収録されている曲のさわりを、QRコードで試聴できるようにした。新聞広告を試聴器にする、というアイデア。
企画:ビーイング+博報堂


2009年1月1日付 石森プロ
2009年は千年に一度の下三桁009の年ということで、サイボーグ009が正月の紙面を飾った。品格のある石ノ森氏の絵で、華やかな広告がたくさん登場する紙面でも圧倒的な存在感を示した。
CD:杉山豊 AD:増田裕介 C:丸尾宏明 企画:木澤謙


2010年3月23日付朝刊 日本映画専門チャンネル
黒澤明監督生誕100年を記念して、日本映画専門チャンネルの黒澤作品一挙放送を、生誕100年“当日”に告知した。
CD:杉山豊 AD:増田裕介 企画:西村文女、細谷まどか


2010年4月14日付 朝刊 GIZA studio
GARNET CROWが歌う「名探偵コナン 天空の難破船(ロスト・シップ)」の主題歌の発売日(4/14)の広告。「同日の発売イベントにコナンに登場する怪盗キッドが現れる」というストーリーをつくり、あらかじめテレビやネットで展開、発売日当日に新聞広告を掲載した。テレビ×WEB×リアルイベント×新聞を使ったバイラルキャンペーン。
企画:ビーイング+博報堂

杉山 豊(すぎやま・ゆたか)

クリエイティブディレクター。慶應義塾大学経済学部卒。1987年博報堂入社。プレミアムグッズ制作、ヒーローショーの演出をはじめとしたプロモーション業務から、テレビCMキャンペーン業務まで、幅広い業務領域を担当。2005年にはカンヌ国際広告祭の審査員を努める。プレゼンの際の得意先のロゴや商品のパッケージにあわせたカラフルなスーツコーディネートは社内外でも有名。

※新聞広告を手がけるクリエーターにインタビューする、朝日新聞夕刊連載の広告特集「新聞広告仕事人」に、杉山豊さんが登場しました。(全国版掲載。各本社版で、日付が異なる場合があります)

広告特集「新聞広告仕事人」Vol.11(2010年6月16日付夕刊 東京本社版)