各媒体の特性を見据え、最大限の効果を生むクリエーティブを

 明快な表現に潜む、エレガントな独創性。資生堂宣伝制作部に所属し、男性化粧品ウーノのアートディレクションを手がける丸橋桂さん。新商品「フォグバー」の広告制作の背景や、アートディレクションに関する考え方などを聞いた。

丸橋 桂氏 丸橋 桂氏

――男性化粧品、資生堂ウーノのアートディレクションを継続して手がけていますね。

 4年前から担当しています。最近手がけているのは新商品「フォグバー」の広告です。資生堂宣伝制作部のスタッフのほかに、シンガタのクリエイティブディレクター佐々木宏さんや、コピーライター谷山雅計さん、電通のプランナー澤本嘉光さんなど、外部のクリエーターの方々と一緒に制作しています。

――強力なメンバーですね。どのようにスタッフは決められるのですか?

 ブランドの内容に応じて、各部門の上長らが相談してリクルーティングしています。丸ごと外部のクリエーターに発注する場合もあれば、今回のように資生堂宣伝制作部のスタッフとチームを組んで制作することもあります。もちろん、部内だけで作ることもあります。

――外部のクリエーターの方々とチームを組むメリットは?

 僕らは、化粧品業界のルールを知りすぎていて、気をつけてはいるんですけど視野が狭くなりがちです。そんな中、全く業種の違う広告を制作している外部の方の意見は、新鮮な空気のようなものだったりするんです。実際、僕らが思いつかないような斬新なアイデアが出てくることもあります。今回、新聞広告の出稿に合わせて開催したイベントもその一例です。

――具体的にはどんなイベントだったのですか?

 フォグバーの500万本出荷達成記念として、テレビCMに登場するイメージキャラクターの妻夫木聡さん、小栗旬さん、瑛太さん、三浦春馬さんに再集結していただいて、詰め替え用の発売と新CMを発表しました。新聞広告、イベント開催とつないでいき、新商品と新CMを紹介するという大胆な流れでした。
実際、俳優4人が勢ぞろいしたことが情報番組で取り上げられたり、ウェブ上で話題になったりして、新聞広告と新CMを盛り上げるきっかけとなりました。費用対効果は抜群によかったはずです。その経験から、メディア戦略の重要性をあらためて実感しています。広告を出稿することで、何がどうつながるのか、どんな効果が期待できるのかを考えることは必須です。

「さよならWAX」の言葉の真意を明確に説明できるのは、新聞

2010年1月29日付朝刊 2010年1月29日付朝刊

――新聞広告には、俳優4人が登場していませんね。

 新聞広告は詰め替え用が新発売されることの告知と、資生堂のブランディングも兼ねることが決まっていました。企画の段階では、詰め替え用の発売=エコロジーという切り口で表現できたら、というアイデアがあったのですが、話し合いを重ねる中で、キャッチコピーである「さよならWAX」の意味を伝える内容へとシフトしていきました。

――「さよならWAX」の意味とは?

 フォグバーは水溶性の整髪成分が配合されているので固めずにまとめられます。また、素早くスタイリングできて、手ぐしをとおせば整髪力が復活して手直しができるんです。商品のセールスポイントはCMをはじめ、交通広告や駅張りポスターなど、それまでの広告で表現されていたと思います。けれども「さよならWAX」という言葉の真意を、明確に説明したことはなかったんです。なぜ、ワックスと“さよなら”したほうがいいのか。理由のひとつは、ワックスは一度のシャンプーだけでは落ちにくく、ゴシゴシ洗うと髪にダメージを与えてしまう可能性があるということです。

――棒状の吹き出しを含めた「シュッ!」というタイポグラフィーは、商品がスプレーであることを明快に表現されていると思いました。

 スプレーしたときのフォグ(霧)の形と音を、グラフィックで表現することは、フォグバーの広告制作で僕に与えられた使命のひとつでした。最初の頃のCMでは、俳優4人のせりふは字幕で、声は「シュッ!シュッ!」としか言ってないんですよ。

――新聞広告とそれ以外の広告では、デザインに対する考え方は違うものですか?

 新聞は活字媒体なので、広告に載っている言葉がきちんと読まれる可能性は、ほかの媒体に比べても高いんじゃないかと思います。それと個人的な意見ですが、新聞はちょっと敷居が高いイメージがあるので、同じ言葉でも新聞広告とそれ以外のメディアでは、伝わり方が違うのではないかと。
また、新聞は瞬間的なメディアだから、紙面をめくったとき「ハッ」とさせることが大事だと思っています。デザインの要素に「警告」という言葉やマルやバツなどのマークを使って読者を引きつけるとともに、伝えたいことをストレートに表現することを心がけました。

――丸橋さんが、広告業界を目指したきっかけは?

 高校2年の頃、美術大学の存在を知りました。小さい頃から絵を描くことは好きだったので、美術の勉強であれば自分もがんばれるかなと思ったのがきっかけです。大学はデザイン科でしたが、入学してからも具体的に将来何がやりたいか、あまり考えていませんでした。

――就職先として資生堂を選んだ理由は?

 メーカーに就職することで、パッケージデザインや広告、SPツールまでトータルに携われることに魅力を感じました。月刊誌『花椿』の発行や、ギャラリーの運営など文化的な活動も行っていて、美を様々な角度で探求し続けている企業の姿勢にもひかれました。宣伝制作部の新人は1年間、資生堂書体をレタリングするんです。資生堂のエレガントさ、美意識のようなものを感覚的に身につけ、身体能力を向上させていきます。

――ちなみに、子どもの頃になりたかったものは?

 小学校の文集に将来なりたいものとして書いたのは、地球防衛軍(笑)。目指すにも目指せないですね。

――では、最後にこれからの目標などあれば教えてください。

 資生堂の丸橋桂として仕事をさせていただいていますが、もしも、単なる一人のアートディレクターだったらどうなのか、自分の力を確認したくなることもあります。より魅力的な仕事をするためにも、自らのモチベーションを上げておくことは大切ですよね。その方法はお店の企画開発かもしれないし、個人メディアの立ち上げかもしれない。まだ、何かは分からないけど、これからも新しいことにチャレンジしながら頑張っていこうと思っています。

丸橋さん愛用のノート!

テーマは「大人のらくがき帖」。2008年JAGDA新人賞を受賞した丸橋さんを含む3人のデザイナー(小杉幸一さん、岡室健さん)が、それぞれ制作したノート。発売元:竹尾 発売中 テーマは「大人のらくがき帖」。2008年JAGDA新人賞を受賞した丸橋さんを含む3人のデザイナー(小杉幸一さん、岡室健さん)が、それぞれ制作したノート。発売元:竹尾 発売中

 丸橋さん愛用のノートは自身がデザインした「大人のらくがき帖」。無地のページをめくっていくと、所々で短い言葉に出合えます。「『正解を探すな』『まず、できることから』『ズルしよう』など、ドキッとしたり、クスっとしたり、遊び心が潜んでいます」(丸橋さん)
文庫本ほどのハンドサイズで、カバーは箔(はく)押し加工が施されたグラフィカルなデザイン。エレガントでユニーク。丸橋さんらしいデザインです。

丸橋 桂(まるばし・かつら)

アートディレクター。1972年群馬県生まれ。東京藝術大学美術学部デザイン科卒業。1998年資生堂入社。ウーノのほか、中国専用ブランド「オプレ」のアートディレクションや、自社ビルのウィンドウディスプレーなども担当。JAGDA新人賞、ADC賞、ディスプレイデザイン優秀賞などの広告賞を受賞。

※新聞広告を手がけるクリエーターにインタビューする、朝日新聞夕刊連載の広告特集「新聞広告仕事人」に、丸橋桂さんが登場しました。(全国版掲載。各本社版で、日付が異なる場合があります)

広告特集「新聞広告仕事人」Vol.10(2010年5月1日付夕刊 東京本社版)