万有製薬「AGA(エージーエー)」キャンペーンを手がける、外資系広告会社マッキャンエリクソンのシニアクリエイティブディレクター、溝口俊哉さん。AGAキャンペーンの背景や、クリエーティブに関する考え方などについて話を聞いた。
――万有製薬「AGA(薄毛や抜け毛などの「男性型脱毛症」)」のキャンペーンには、いつごろからかかわっていますか。
厚生労働省からの認可取得前でしたから、2003年から担当しています。広告が実際に世の中に出るようになったのは2006年からです。
「AGAはお医者さんで治せるので、病院に行きましょう」という、いわゆる「疾病啓発」の広告なのですが、それまでに疾病啓発広告の先例は爪白癬(つめはくせん)とED(勃起{ぼっき}不全)があっただけで、AGAが3例目だったんです。
疾病啓発の広告では、医療法や薬事法の制限があり、薬の名前や処方については書けません。さらに、万有さんの社内にも独自の規定があり、自主規制が非常に強い。そんな中で、「お医者さんへ行こう」と伝えるにはどうすればいいか、非常に苦心しました。
EDのように、AGAも、「言い方が変わればアプローチの方法も変わる」ことを念頭に置いた上で、信頼感があり、かつ効果的に伝わる表現を考えていきました。キャンペーンの最初の段階で、AGAという言葉がターゲットの方に認知されるまでには2年ぐらいはかかるだろうと予想していました。
――キャラクターに爆笑問題を起用した理由は?
最初のころはタレントを使わずに広告を作っていましたが、当時の社長のひと声で、急きょタレントを起用することになりました。インフルエンサー(影響者)から説得するという戦略です。爆笑問題を夫婦にするというのは、チームの中村猪佐武くんのアイデアです。彼らは、芸人でありながら、「ヒトに何かを考えさせる」イメージがありますよね。さらに、AGAの性質上、男性の方が適していたというのも起用の理由です。
「病院に行こう」と言っても、薄毛や抜け毛は「おなかが痛い」のとは違って痛くもかゆくもないですから、普通はなかなか重い腰が上がらない。そこで、爆笑問題の太田さんが奥さんに扮して、相方の田中さんに医者へ行くことを迫る「爆笑夫婦編」を2年ほどやりました。そして今は、2人が医者に扮するシリーズを展開していますので、今は大きく分けてキャンペーンのフェーズ3ということになります。
――イラストが印象的ですね。
薄毛や抜け毛は、ビジュアルにすると難しいんです。本当にAGAの人を使っている広告もありますが、どうしてもネガティブな印象が出てしまうので、イラストを使ってメタファーとしてAGAを表現しました。もう3年ぐらい同じイラストを継続して使っているので、ターゲットの方にはすぐAGAだとわかってもらえるようになったと思います。ちなみに、つくったのはウチの西尾真人というアートディレクターです。
イラストの入った風船や看板などは、すべて美術さんが作った実物です。CGを使えばなんでも作り手に都合良くできてしまいますが、実際に目に見えている「現場感」を大事にするために、あえて実写を自分たちに課しています。
――爆笑問題がかなり小さく使われていますね。
普通、タレントさんをこんなに小さくしませんよね(笑)。でも、一回こっきりの広告ではなく、シリーズで継続しているキャンペーンなのでこういうことも可能になってきます。新聞広告は、一瞬目を留めて考える「滞留時間」が重要。ただ単に「爆笑問題が大きく出てるね」というよりも、「爆笑問題がこんな風に出てるんだ。こんな小さくて平気? どうやって写真を撮ったのかな?」と思ってもらえる方が、きっと意味があると思います。もちろん、爆笑問題の2人と事務所、そしてクライアントの万有さんに理解があったからこそできたことですが。
――こういった「一瞬目を留めて考える」アプローチは、AGAの広告に限ったことですか。
いえ、あまり説明しすぎず、一瞬「おや?」と足をとめるようなコミュニケーションは、昔からずっと好きですね。広告に関する調査をすると、すぐに「この広告はわかる、わからない」という話になりがちですが、それは少し違うと思う。広告の受け手が、一瞬目を留めて、誤解も含めて自分なりに考えを巡らせるのが健全なコミュニケーションだと思うんです。これはマッキャンの外資系的な文化なのかもしれませんが、まずごちゃごちゃしていないキービジュアルがあって、そこからイメージが広がるというアプローチを僕は若い頃からしてきました。
受け手一人ひとりに、「それってどういうこと?」という受け取り方のグラデーションがあるからこそ、クリエーティブなのです。そういう意味では、自分で考えを膨らませる「時間的な余裕」がある新聞広告には、メッセージを深く伝えられる可能性があると思います。
――最近の新聞広告をどう見ていますか。
まず、新聞だからこそ醸成される信頼感やたたずまいがありますよね。新聞は全部を一覧できるメディアだから、検索して上がってくる情報とは違って、紙面を開いた瞬間の印象というものがある。それと、昔に比べて色の再現度が格段に良くなって、マットな感じのいい質感が出るようになりました。
ただ、自分も含めて、新聞広告をつくる人はもっと頑張らなきゃと思います。新聞広告は安くないし、様々な制約はあるけれど、広告をつくる人も、新聞社も、もっといい原稿を集める努力をしなきゃいけないんじゃないかなという気がしますね。
2009年12月31日 朝刊
――溝口さんが最初に手がけた新聞広告は?
コピーライターとして入社してまだ2週間ぐらいの時に、カシオの目覚まし時計の広告に「おめざめ はっきり よゆうが うまれた」というコピーを書いたんです。縦に読むと「おはよう」になっているんですが。そうしたら、「新卒のくせにいいコピー書いたな」と上司が使ってくれて、あっと言う間にデビューしました(笑)。
当時は、糸井重里さんや秋山晶さんなど、色々な方のコピーを片っ端から手書きで模写していました。絵画などもそうだと思いますが、上手な人の作品を書き写すと、その人が書いたときの気持ちを疑似体験できるんです。1年間で原稿用紙10冊以上は書いたでしょうか……。
――若い世代のクリエーターに向けて、アドバイスはありますか。
若いうちは、クリエーターというととかく「変わっている方がいい」と思ってしまいがちですが、優秀なクリエーターはみな「つくる」ということに対して非常に真摯(しんし)でまじめ。これは大切なことだと思います。
それと、最近は国内マーケットが変わってきていますし、外国へ行った方がいいでしょう。日本の広告は国内でしか通用しない表現が多い傾向にありますが、「世界中の誰もが一目見てわかる」というユニバーサルコミュニケーションがこれからはより重要になると思います。僕自身、マッキャンが外資系なので、書いたコピーが翻訳されて海外のスポンサーに評価されることにジレンマを抱いていた時期がありました。それで、なるべく言葉に頼らずにアイデアを構築することを考えるようになったんです。
コピーライターの「わかる人にはわかる」というコミュニケーションも確かに大事ですが、今若くて、これからという人は、「一目見てわかる」というグローバルな視点を持った方がいいでしょうね。
――最後に、いま、一番楽しいことを教えてください。
知る人ぞ知るアメリカンフットボールのシニアチーム(U59)に参加しています。いいおっさんが日曜の朝7時に集合して練習するんですが、アキレス腱(けん)を切った選手が2人いたり、肉離れは日常茶飯事だったり。そして僕は今あばら骨をけがしていて……。けが人が続出で、もはや年寄りの冷や水なんてもんじゃないです。いったい何でしょうね、このバカな集まりは(笑)。ちなみに、59歳以下(笑)のフットボール経験者の選手を募集しています。すでに50人近い選手が加入しています。興味のある方は「U-59ERS」で検索して、メールをお送りください。
万有製薬AGAキャンペーン制作チーム
SCD 溝口俊哉 CD/C 中村猪佐武 PL/C 天田武史 AD/D 長井崇之
溝口俊哉さんのお気に入り!
クロレッツのガムの包材で作った銀の玉「銀ちゃん」。会議中、仕事のアイデアが出ない時にチーム全員でクロレッツをかみまくり、こつこつと育て上げた(?)チームワークの象徴となる珍品、いや逸品。
「悲しいことに今はガムの包材が変わって、もうこれ以上育てられないんです……」(溝口さん)
早稲田大学法学部卒、マッキャンエリクソン博報堂(当時)にコピーライターとして入社。コカコーラ(I feel Coke)、アクエリアス、ネスレユース、IBM、ニチレイ、NEC、エグザスなど。TCC会員。ACC賞、フジサンケイラジオグランプリ、日経広告賞本賞など受賞多数。2008COYメダリスト、ACC賞08審査員、NYFなど国際賞審査員。
※新聞広告を手がけるクリエーターにインタビューする、朝日新聞夕刊連載の広告特集「新聞広告仕事人」に、溝口俊哉さんが登場しました。(全国版掲載。各本社版で、日付が異なる場合があります)