「アフラック(アメリカンファミリー生命保険会社)」のキャンペーンを手がける電通のクリエーティブ・ディレクター、畑野憲一さん。新聞やウェブの広告では、アートディレクションに携わるだけでなく、自らイラストも描いている。その経緯や、クリエーティブに対する思いなどについて話を聞いた。
――アフラックのキャンペーンでは、畑野さんご自身がイラストを描いています。そのきっかけは?
僕は2003年からクリエーティブ・ディレクターの横尾嘉信を中心にチームを組んで、アートディレクターとしてアフラックを担当していました。2006年に、アフラックの医療保険「一生いっしょの医療保険 EVER」のキャラクターと世界観を変え、コミュニケーションを作り替えようということになりました。
その時、まずはテレビで「アヒルのワルツ」という曲をバックに宮﨑あおいさんがアヒルと生活するCMを流し、さらにウェブ上で「アヒルのワルツ」の世界観を伝えるプロモーションビデオ(PV)を流すことになった。アヒル町という架空の町を舞台に、女の子とアヒルのお話がアニメーションと一緒に進行するPVなんですが、このアニメを僕が描いたイラストで作ったんです。
イラストやアニメは親しみやすいし、年齢層も選びません。そのせいか結果的に好評で、アフラック側にも気に入っていただけた。これをきっかけに、アフラックのキャンペーンでは自分でイラストを描くようになりました。
2007年の「がんと生きるコツ」というアフラックのがん保険広告では、がんと向き合って生きるための気持ちの工夫を新聞広告で募集し、応募いただいた中から10作品を新聞小枠広告で一つずつ絵をつけて紹介、さらに、集大成として全面広告を掲載しました。自分や家族、親しい人などががんにかかった場合に、がんと生きるコツを知っていたら、少しでも辛(つら)さやストレスが減らせるかもしれないですよね。その広告紙面も、ごく普通の人たちの暮らしをイラストで描いて作りました。もともと学生の頃から絵が好きで、仕事で描くことも時々はありましたが、ここまでがっちり描いたのは初めて。責任は重いですが、とてもうれしかったですね。
アヒルのイラストをあしらったアフラックのグッズ
――今年8月に掲載された「新EVER」の新聞広告は、全面イラストの「まねきねこダック」が非常にインパクトありました。
「もっと頼れる医療保険 新EVER」は、保障の対象となる手術が約1,000種類まで広がったとか、日帰り入院後の通院も保障するとか、先進医療をはじめ様々な治療にもお使いいただけるなど、従来の「EVER」よりもものすごくパワーアップしたんです。それを強力に伝えるには、単純に「新しいのが出たよ」と言うだけではなく、様々なメディアを通してしっかりみんなの心をつかめるクリエーティブを目指そうということになった。その結果、それまで使っていたアヒルに猫をプラスし、「安心と幸せを招く目印」になるキャラクターとして「まねきねこダック」ができたんです。
そして「まねきねこダック」をテレビ、新聞、ウェブでそれぞれどう展開するかチームで考え、最終的に新聞では「まねきねこダック」をイラスト化することになりました。全面イラストの新聞広告は意外に少ないので、興味をひいてもらえるだろうと。また、新聞は色々と“語れる”のが強みですが、情報ばかり詰め込んでも関係者以外の読者には伝わらないので、とっつきやすさも重視しました。ちなみに、ウェブではアヒル堂というお堂で「まねきねこダック」の替え歌をみんなが作って投稿したり、好きな人に贈ったりできるんですが、このアニメーションも自分で描いています。
イラストは、実はすべて手で描いているわけではなく、最初のテクスチャーだけ手で描いて、あとはパソコン上で切り張りして仕上げています。パソコン上で描くと全部レイヤーで別れているので、アニメーション化しやすいんです。また、データなので印刷時の再現性にブレがほとんどありません。
テレビCMでおなじみの「まねきねこダックの歌」
「まねきねこダックの歌」の替え歌を作ることができる
まねきねこダックのグッズ
ぬいぐるみ
携帯ストラップ
――新聞広告についてどんな印象をお持ちですか。
僕らは実に様々なメディアから日々情報を得ているわけですが、新聞は情報のクオリティーが確かだと思っています。ウェブでさらっと読んでしまうこともありますが、素材をきちんと料理してくれる人がいて、でき上がったおいしい料理を僕らが食べているという品質感がすごくいい。
また、いまは新聞印刷の色の精度が本当に向上しました。「まねきねこダック」の新聞広告の地の色は、新EVERの商品ロゴのキーカラーであるグリーンなんですが、印刷でグリーンはなかなかうまく出にくいにもかかわらず、きれいに出ています。朝起きて開いた新聞に自分の携わった広告が出ているのは素直にうれしいですし、半面、ものすごくドキドキしますね。きれいに刷られているかどうかも気になるし、その日の広告で他にいいものがあれば悔しい気分になり、自分の仕事が一番良い表現だと思えばすごくうれしいです(笑)。
――クリエーティブに対して、どんなことを大切にしていますか。
レイアウトや原稿を作っていると、必ずどこか一カ所にすべてが「カチッ」と決まる瞬間がある。それは、キャッチの大きさや色のバランスなのかもしれないし、原稿の調子やインパクトなのかもしれません。でも、いずれにしても 「決まる」瞬間は訪れるので、それをいつも探しています。また、僕は文字間など、非常に細かいところまで気を使いますが、それも最終的にいい作品に仕上げるポイントのような気がします。
広告には制約がたくさんあり、自分の思うように表現できないこともありますが、その制約を前向きに考え、あきらめずにいれば何か面白いことができるはず。その場では花開かないかもしれないけれど、10年後にはチャンスが訪れるかもしれない。僕もずっと絵が好きだったけれど、アフラックの仕事で思う存分に描けるチャンスが来たのは、入社して17、8年たってからです。だから、“想(おも)い”は消さずにいた方がいいですよね。チャンスはいつやって来るか、誰にもわからないですから。
1964年生まれ。1986年東京芸術大学美術学部デザイン科卒業。1988年同大学院美術研究科視覚デザイン修了。同年電通入社。アートディレクターを経て、現在クリエーティブ・ディレクター。主な広告賞受賞は、95年ニューヨークADC金賞、01年カンヌ国際広告賞銅賞、 03年ニューヨークADC銅賞、05年新聞広告賞、06年新聞広告賞・カンヌ国際広告賞銅賞など。東京TDC会員。
※新聞広告を手がけるクリエーターにインタビューする、朝日新聞夕刊連載の広告特集「新聞広告仕事人」に、畑野憲一さんが登場しました。(全国版掲載。各本社版で、日付が異なる場合があります)