企業の「本当の姿」を伝える広告

 コマツの企業広告シリーズや東芝の環境広告、吉野家のキャンペーン、台湾のセブンイレブンでのキャラクター展開など、幅広いフィールドで活躍する電通のクリエーティブ・ディレクター、中澤真純氏。クリエーティブに対する考え方や、今後手がけてみたいことなどについて話を聞いた。

中澤真純氏 中澤真純氏

——コマツの企業広告は、すでに20年続いています。

 私は入社してすぐ、コマツを担当するチームの一員になりました。その後、先方の宣伝部長が交代され、新聞広告を拡大して全15段のスペースでやりましょうということになった。その時以来、今の「取材広告」のような形になったのです。朝日広告賞をいただいたりしながら長く続き、現在は年1、2回のペースで制作しています。

 毎回、国内外を問わず、コマツの建設機械が実際に稼働している現場へ行きます。安全靴とヘルメット姿で担当の方にお話を聞き、そこで感じたことを、我々クリエーティブチームは真摯(しんし)に写真とコピーで表現する。そうすることで、コマツという企業の本当の姿が見えると思うんです。

——新聞というメディアで、この企業広告を展開する意味は。

 現場の「本当の姿」をしっかり伝えるには、まず一定量の「ことば」が必要です。そして、土にまみれた「機械の写真」と「ことば」がうまく溶けあえば、写っている機械がただの機械ではなく、血の通った何かに見えてくるのでは?と思います。たぶんそれが「本当の姿」です。やっぱり私は、新聞広告が一番好きです。もちろんテレビCMも担当していますが、CMだと語るべきことが載りきらない。

 このシリーズは「取材広告」みたいな形なので、新聞を読む流れでこの広告に出合って、読み進んでいただければ、読者の方にも伝わるだろうという思いがあります。

コマツ 2009年4月27日朝刊 2009年4月27日朝刊

——最新の広告は、千葉県袖ケ浦の現場で働くハイブリッド油圧ショベルが主役です。

 ハイブリッドの油圧ショベルは、ボディーが回転して止まる時に電気を蓄えるんです。コマツの社内でその油圧ショベルが活躍するいい事例がないかと色々調査していただいたところ、袖ケ浦の現場が見つかりました。

 毎回、事前にロケハンに行って、視覚的に訴求力のある要素を探します。この回であれば、ダンプトラックの作ったわだちがそれにあたるので、しっかり撮ろうということぐらいは事前に決めていました。でも、基本は、撮影時の現場の状況がすべて。狙いを絞った上でありのままをカメラマンの目線でとらえれば、どこでも絵になるという考え方です。光や空の様子がきれいじゃなければいけないとか、そういうことはあまり重要ではありません。

——雲仙普賢岳、チリの鉱山、関西国際空港の滑走路。実に様々な現場を訪れていますね。

 雲仙普賢岳では、火砕流が起こる恐れのある火口の反対方向へ向けてクルマをとめるなど、現場の防災ルールに従いながら、通常は立ち入り禁止の場所へ入りました。大勢の人の命を奪った雲仙普賢岳の威圧感に、微力かもしれないけれど、一日も早い復旧を目指して建設機械が対峙(たいじ)している――。その様子をなんとか表現したかった。どの現場で働く方々も、機械の稼働時間をさいて、取材に応じてくださいます。そのお話がとにかく興味深い。ですので、担当のコピーライターも、お話を聞くのを楽しみに、どんなロケ先であろうとついて来ます。

 チリの高地にある鉱山では、高山病の可能性を調べる事前の健康診断にスタッフが引っかかったりして、現場に行く前から色々とありました。そして、まるで三階建てのビルが走っているような巨大なダンプトラックが活躍する様子を撮影しましたが、大きさが大きさなので、現場監督の方がつきっきりで、取材スタッフの安全を見守ってくださいました。

 関西国際空港の滑走路で旅客機を引っぱる機械を紹介した回は、最初はなかなか許可がいただけなかったところを、コマツの宣伝部の方が直接お願いに行って下さったことでOKが出ました。滑走路にカメラマンと一緒に降り立って撮影を開始して、こちらとしてはいい振りのところで飛行機に止まってもらいたいんですが、そうもいかないので、あちこち走り回って撮影しました。

コマツ チリ編 チリ編
コマツ 関西国際空港編 関西国際空港編

ぶれない思いを伝える

——20年間、同じ方向性を保ち続けています。

 この企業広告をスタートした年に朝日広告賞をいただいたりして、手応えがクライアントにもあったのかなと思います。しばらくするとすぐ方向転換してしまう広告もありますが、そうはなりませんでした。

 災害復旧の現場など、人の目につかないところで、建設機械が社会のために働いている事実はあまり知られていません。それを声高に語るのではなく、真摯にコミュニケーションしていければそれでいいという思いは、コマツも私どもスタッフもずっと一緒でした。伝えたい思いにぶれがないんです。きっとそれが、こんなにも長くこの企業広告が続いている理由なんでしょうね。

——コマツ以外にも、幅広いジャンルのクリエーティブを多数手がけられています。昨年は東芝の環境広告が準朝日広告賞を受賞しました。

 これは、たまたま読んだ新聞記事がきっかけでした。なかなか別作業のCM企画が決まらなくて煮詰まっていたときに、2010年をもって東芝が一般向けの白熱電球の製造を中止するという記事を朝日新聞で見つけたんです。日本で最初に白熱電球を作った東芝が、最初にその製造をやめる……。これだ!と思い、このニュースをそのまま環境広告に使いましょうと提案したのです。

2008年5月14日朝刊 東芝 準朝日広告賞受賞広告 2008年5月14日朝刊
東芝 準朝日広告賞受賞広告
2006年9月18日朝刊 吉野家 牛丼復活祭 2006年9月18日朝刊
吉野家 牛丼復活祭
台湾セブンイレブン OPENちゃん 台湾セブンイレブン
OPENちゃん

——BSE問題で牛丼が消えた時期に、吉野家の広告を担当されていました。

 いまは担当を外れましたが、あの時は「一生に一度」と言ってもいい経験をしました。2003年の年末、仕事納めの日に別件の撮影をしていたら、「東京に帰ってきたらすぐミーティングだ」と会社から電話があった。なぜかと聞くと、BSE問題でアメリカ産牛肉の輸入が禁止になり、吉野家は牛丼を牛肉の在庫分しか作れなくなってしまった。新メニュー発売の対応を今すぐしなくてはならないので、「年末も年始もないものと思え」と言うんです。

 そしてスタジオにこもり、新メニューを片っ端から撮影。年末でプロダクションも印刷会社も動かないなか、スタジオにMacとプリンターを置き、カメラマンが撮影した写真を「ひとりプロダクション状態」でレイアウトし、文字を載せる。その完成データを持って営業が出力屋さんに走り、出力したA4サイズの新メニューを全国の店舗へ配りました。

 午前中に作った新メニューが、その日の夕方のNHKニュースで、アメリカ産牛肉輸入問題に絡めて紹介されている。あの年末年始は、そんなペースでずっと働いていました。さすがに、当時の吉野家の安部社長、担当の方とは固いきずなで結ばれました(笑い)。

——これから手がけてみたい仕事はどんなものですか。

 今すでにやっていますが、キャラクターものはおもしろいですね。私は社内でキャラクターを作るチームを主宰していて、台湾のセブンイレブンで「OPENちゃん」というキャラクターを展開しているんです。台湾では、ドラえもんに次ぐ知名度があり、誰もが知っているキャラクターです。デザインから設定、ストーリー作りなど、すべて当社内のチームが中心となって制作しています。

 OPENちゃんは最初、台湾のセブンイレブンを経営する食品大手、統一超商が権利を買い取るということになっていました。でも、僕は先方の社長にこうお話をしたんです。

 「社長がお父さんで、僕がお母さんだとすると、お父さんはOPENちゃんを男手ひとつで育てることになります。OPENちゃんは単なる印刷物じゃなくてふたりの子どもなのだから、両親が愛情を注いで一緒に育てませんか?」

 そうしたら、「そのたとえ話は非常によくわかる。君をお母さんだと認めるよ」と言っていただけた。そして一緒にOPENちゃんを育て始めて、今年で4年目になります。

 OPENちゃんはセブンイレブンのキャラクターとしてだけでなく、様々なところへ出向きます。北京オリンピックの時は、野球の台湾チームの応援団としてOPENちゃんも現地へ行き、球場で一生懸命応援していました。また、台湾のセブンイレブンは今後中国国内に本格的に出店する予定なのですが、OPENちゃんも一緒に連れていってくださるので、母親としては非常に楽しみですね。

中澤真純(なかざわ・ますみ)

1962年茨城県生まれ。(株)電通 第1クリエーティブ局 クリエーティブ・ディレクター。茨城大学卒業。東京藝術大学美術学部大学院修了。88年電通入社。95年朝日広告賞(第2部)、01年度朝日広告賞(第2部)ほか、受賞。

※新聞広告を手がけるクリエーターにインタビューする、朝日新聞夕刊連載の広告特集「新聞広告仕事人」に、中澤真純さんが登場しました。(全国版掲載。各本社版で、日付が異なる場合があります)

広告特集「新聞広告仕事人」Vol.3(2009年7月17日付夕刊 東京本社版)