世の中を元気づけたい──。思いを形にする広告。

 マネックスグループの企業広告、「GREE」「栄光ゼミナール」「IPSA」のキャンペーン、雑誌『「旬」がまるごと』のプロデュースなどを幅広く手掛ける、「風とバラッド」の戸練直木氏。クリエーティブや広告営業に関する考え方、今後携わってみたいことなどについて話を聞いた。

戸練直木氏

──マネックスグループの企業広告は、「暗い話題ばかりの毎日に、慣れっこになっちゃいけない。」など、ポジティブで力強いメッセージがとても印象的でした。

 これは、もともとマネックスグループの松本大社長からの直轄プロジェクトのような形で始まりました。松本社長と、ブランドコンサルティング会社シー・アイ・エーと、我々クリエーティブチームです。昨年の11月から今年の3月まで、朝日新聞の金融情報面に週一回掲載した全21回のシリーズ広告で、実際に動き始めたのは昨年9月。リーマンショックが市場を襲った直後で、こんなに世の中に大きな影響を与えることになるとは誰も思っていませんでした。金融不安が徐々に見えつつある状況の中で、株式市場の関係者にとっては辛い時期でした。

 でも、だからと言ってただ暗く沈んでいても仕方がない。こんな時期だからこそ、マネックスグループとして市場にメッセージを発信し、存在感をアピールしたい。そして、世の中をなんとか元気づけたい――。そんな松本社長の思いを形にするべく、様々な案を検討しました。

──金融情報面の見開きページに、唯一掲載されている広告でした。

 通常だと広告枠の場所が先に決まって、そこに入れる中身を考えますよね。でも、今回は「市場にメッセージを発信する」という中身が先に決まっていた。それなら、金融情報面の上の方がベストではないかと思ったんです。

 それでダメもとで交渉してみたら、なんとOKが出た。ここは朝日新聞の東京本社版では初めて広告に使われる場所だったそうですが、市場に対して何かを発信するには、やはりこの位置でものを言いたかった。それが実現したのが、この広告が成功した要因のひとつだと思います。

マネックスグループ 2009年3月18日朝刊           (上から)08年12月2日、09年2月4日、2月25日朝刊掲載

企画制作/シー・アイ・エー、kazepro、シンガタ総研、渡辺潤平社、バタフライ・ストローク
CD/戸練直木、松田康利 AD/青木克憲 C+PL/渡辺潤平 CP/嶋明良 
D/宇佐美真一 PM/宇都宮賢二、森江朝広 MP/Keishu Yu 製版+印刷/日圧

──不況のニュースが紙面に並ぶ中、読者を力づけるコピーが毎回タイムリーに掲載されていました。

 金融市場がひどい状況の中で、世の中の動きを常にキャッチし、いつ、どんなメッセージを発信するかを、松本社長と話し合いながら進めていきました。コピーの決定を、掲載前週の締め切りぎりぎりまで引っ張ったこともあります。コピーライターは渡辺潤平さん。週一回の掲載ですから、大変だったと思います。いちばん好きなコピーは、「向かい風か、追い風か。それは、あなたの見ている方向で決まる。」ですね。

 新聞には、状況に応じて内容を変えられるスピード感と、ネット広告並みにぎりぎりまで締め切りを引っ張れる鮮度がある。でも、そういった特性を生かした新聞広告はあまり多くないですね。新聞は持ち運びのできるモバイルメディアだとも言えるし、もっと色々なことができると思います。アイデア次第ですよ。

──話はさかのぼりますが、戸練さんが広告会社を辞めて「風とバラッド」に参加したきっかけは?

 僕はアサツー ディ・ケィでずっと営業をやっていたんですが、auの音楽キャンペーンの競合があったときに、箭内(道彦氏)に「一緒にやりませんか」と声をかけた。彼は「風とロック」を作ったところで、音楽キャンペーンだったら強そうだなと思ったんです。

 そうしたら運良く勝てて、一緒に作業をしているうちに、箭内が新しくクリエーティブエージェンシーを作りたいというので、じゃあオレも会社辞めちゃおうと(笑い)。そして、04年11月に「風とバラッド」に参加し、06年10月に「kazepro」を設立しました。

クライアントの中に入って仕事をする

──広告会社の営業という立場から、仕事のやり方はどう変わりましたか。

 基本的にはあまり変わっていません。結局のところ、広告の仕事は、クライアントがあって世の中に向けて発信することですから。

 ただ、自由に動けるようになったことは大きな違いですね。色々な広告会社の営業が、クリエーティブに悩んで相談に来て、一緒に仕事をする場合もある。さらに、クライアントと直接仕事をする場合もあります。

 たとえば、今年からやっている化粧品会社の「IPSA」は、クライアントの中に入って、クリエーティブ全体をお願いされていますが、こういうかかわり方は広告会社時代にはありませんでした。もともとの課題などをわかった上で仕事ができるので、自分にとってはうれしいことです。もちろん、その分責任も重くなってきますが。映画のプロデューサーに近い感覚の仕事なのかもしれません。

「旬」がまるごと
2009年7月号 ポプラ社・刊
アルバム「バニラビーンズ」
「50のキーワードで知る 勝てる広告営業。」
戸練氏・著 誠文堂新光社・刊

──「風」グループでの4年半で、特に印象に残る仕事は? 

 色々ありますが、資生堂のUNOは面白かったですね。CMの力で売り上げがぐんと伸びて競合の商品を逆転したのは、やはり気持ちが良かった。広告の力でここまで世の中を動かすことができるんだ、ということを改めて実感しました。

 それと、雑誌『「旬」がまるごと』のプロデュース。シダックスがもともとフリーペーパーを出していたんですが、もっと食の企業としてのイメージを打ち出したいというお話があった。そこで、食材を切り口にした読みごたえのある雑誌を出版して、その抜粋版をフリーペーパーにしましょうと提案したんです。雑誌自体が企業広告という考え方で、創刊からすでに2年がたちました。

──今後はどんな新しいことを手掛けていきたいですか。 

 実は僕、レコードレーベルの社長もやっています。「バニラビーンズ」という女の子2人組のユニットで、彼女たちを世に送り出すために会社を作ったのですが、自分のお金で事業をするって、本当に難しいですよね。クライアントが僕らの提案で最後まで悩むのもよくわかります。

 今後は、飲食関係なども手掛けてみたいですね。だいたい僕がこういうことを言うと、「それって、いろんなことに手を出しすぎて失敗する社長の典型だよ」と言われちゃうんですが(笑い)。もちろん本業は広告ですし、きっちりやっていきますが、それ以外にも投資していい範囲で新たな事業をやってみたいと思っています。

戸練直木(とねり・なおき)

風とバラッド株式会社アカウントプランナー/kazepro 代表取締役/株式会社フラワーレーベル代表取締役
1964年、静岡県生まれ。
86年第一企画株式会社(現 株式会社アサツーディ・ケイ)入社、大阪支社営業部に配属。
93年東京本社へ異動。04年「風とロック」の箭内道彦氏が代表を務めるクリエイティブ・エージェンシー「風とバラッド」設立に参加。
現在は、風グループであるkazepro代表取締役/プロデューサーとして雑誌『「旬」がまるごと』、アーティスト「バニラビーンズ」プロデュースなど幅広いジャンルでプロジェクトを手がけている。近著に『50のキーワードで知る 勝てる広告営業。』(誠文堂新光社)がある。

※新聞広告を手がけるクリエーターにインタビューする、朝日新聞夕刊連載の広告特集「新聞広告仕事人」に、戸練直木さんが登場しました。(全国版掲載。各本社版で、日付が異なる場合があります)

広告特集「新聞広告仕事人」Vol.2(2009年6月18日付夕刊 東京本社版)