希求の水準があがっていくサイクルを作りたい 

 無印良品の広告キャンペーンを担当している、日本デザインセンター代表のグラフィックデザイナー、原 研哉さん。クリエーティブに対する考え方や、最近の世相への思いなどについて話を聞いた。

原 研哉氏

 田中一光さんから引き継いで、アートディレクターとして参加しました。 無印良品には、最初から大きな可能性を感じていましたね。パッケージも流通のコストもそぎ落とすけれど、だからと言って何かを犠牲にしたり、我慢したりせず、魅力的になる。これはどう考えても本当にいいアイデアなんです(笑い)。そぎ落とすことで「簡素が豪華を超える」というビッグアイデアは、まさに消費の未来を先取りしていると思いました。

 デザインをせず、プロセスを簡略化することで魅力をつくっていくという無印良品の考え方を、当時は「ノーデザイン」と呼んでいました。でも、商品数は5000を超え、デザインがなされていない商品も混在している。そこで、ノーデザインではなく、「簡素が豪華を超える意図されたデザイン」へと方向を切り替えていきました。

 その際、実に様々なことを考えました。無印良品の資源は、「考えること」です。無印良品とは何なのか。無印良品はシンプルなのか。ノーデザインとは何なのか。それは究極のデザインのことなのか――。そうやって考えたことをきちんと広告で伝えていこう、ということで企業キャンペーンが始まったんです。

2009年2月20日朝刊

2009年2月20日朝刊

アイコンタクトだけでコミュニケーション機能を果たす広告ビジュアル

――キャンペーンはどのような考え方で展開していますか。

 ポスターや雑誌広告では、あまり大きなメッセージは出さず、お客さんが無印良品にどんなコンセプトを見立てようとも受容できる広告ビジュアルを作っています。からっぽの器を差し出して、それにイメージや思いを入れてもらおうという考え方です。僕はこれを「空(うつ)」、英語で「エンプティネス」と呼んでいます。見る人によって考えることは全然違うのに、強い求心力が生まれている状態。その意味を問わなくとも、アイコンタクトだけで機能を果たすコミュニケーションなのです。

 その一方で、新聞広告は活字をかなり盛りこむことができるメディアなので、考えたことをきちんと言葉で伝えるものを目指しています。毎年、無印良品がその一年間に考えたことや議論したことを、ひとつのビジョンに集約して新聞広告で表現します。

 毎回かなりの長文が掲載されますが、少々角がある硬質な言葉でもいいから、とにかくロジックがしっかりしている文章を載せたいということで、一年分の思索をまとめるコピーライティングを僕が担当しています。

 企業はその規模の大小にかかわらず、社会の中でどんな価値を作り出しているかという存在理由があります。そして、企業の思想が世の中にぴったりとはまりこむすき間、「ニッチ」が確実にある。企業がそこにきちんとはまりこむためには、何を社会に約束するかを明確に語らなければいけない。それは、どんな機能なのか、値段なのか、どんな効用があるのか……といったことを伝える、商品を売るためのセールスプロモーションとはまったく違うコミュニケーションなんです。

――今年の新聞広告は、「水のようでありたい」という見出しが印象的でした。

 去年、ニューヨーク、イスタンブール、ローマ、北京に無印良品が出店しました。日本の美意識を背景に持ったプロダクトが、まるで水がすーっとしみ込んでいくように世界の大都市に受け入れられていく様子がとても印象的で、作家の原田宗典さんに、キャッチコピーを書いてもらいました。景気が低迷する中で、無印良品は生活する人々に寄り添っていきます、というメッセージも込められています。

 ロケのために4都市をまわって改めて思いましたが、簡素が豪華を超える価値を持つ、という無印良品の考え方は、現地でもまったくその通りに受け止められているんですね。僕らはタグを丁寧にデザインしていますが、タグを外さないままの人もいる。それだけ大事にしてもらっているのかな、と思います。

 無印が売れているのは、目先の「好き」ではなくて、企業の姿勢に感応して買ってくれている層が確実にいるからだと思います。目先の損得だけでなく、モノを買うことによって何かに目覚め、少しだけ賢くなる。それが連鎖的に広まっていくことで、暮らしへの希求の水準がじわじわと上がっていくサイクルを作りたいんです。

 シャンプーひとつを買うのにも裏の表示を必ずチェックしたり、お金があっても必要以上に華美なものはいらないと判断したり、“理性が働く消費”を意識すること。それが、世界の消費の未来を先取りしていくことにもつながるのではないでしょうか。

「どうやってモノをつくるか」を再構築する

――現在の不況に対し、デザインはどんな可能性を持っているでしょうか。

 いま、社会は不況というより、リセットされているんだと思います。モノ作りよりもマネーの仕組みに精通していればもうかるという流れがしばらく続いていましたが、僕らの身体は具体的に存在していて、具体的な未来とイノベーションを求めている。そんな中で、モノの未来をどうやって作るかを真剣に考えないといけない。あらゆる企業は自らの事業を問い直す作業が必要です。

 アメリカの自動車産業が立ち直れるとしたら、それは経営の合理化ではなく「クルマとは何か」を問い直すことしかあり得ません。クルマとは何か、クルマとは何をするものなのか。そのレベルから再構築していく必要があります。

 そういった局面でデザインがどう働くかといえば、企業のビジョンを的確にビジュアライズしていくことにつきると思います。

 マネーの仕組みや派遣切りの問題ばかり報道されていますが、そこには「どうやってモノを作るか」という視点がすっぽり抜け落ちている。それをきちんと考えている企業だけが、最終的に生き残っていくと思います。

原 研哉(はら・けんや)

1958年生まれ。グラフィックデザイナー。武蔵野美術大学教授。日本デザインセンター代表。「もの」のデザインではなく「こと」のデザインを専門としている。2001年より無印良品のボードメンバーとなり、その広告キャンペーンで2003年東京ADC賞グランプリを受賞。また「RE DESIGN」「HAPTIC」「SENSEWARE」など展覧会と書籍を基軸とした複合プロジェクトを数多く手がける。近著『デザインのデザイン(DESIGNING DESIGN)』は世界各国語に翻訳され多くの読者を持つ。

※新聞広告を手がけるクリエーターにインタビューする、朝日新聞夕刊連載の広告特集「新聞広告仕事人」に、原研哉さんが登場しました。(全国版掲載。各本社版で、日付が異なる場合があります)

広告特集「新聞広告仕事人」Vol.1(2009年4月27日付夕刊 東京本社版)