新しいメディアを一緒に見つけていく

 『Esquire日本版』、『ミセス』などの雑誌をはじめ、数多くのアートディレクションに携わる木村裕治氏。クリエーティブに対する考え方や、現在携わっている朝日新聞の新紙面「朝日新聞グローブ(GLOBE)」についてお話を聞いた。

──どのように「GLOBE」と出会ったのですか。

 2007年頃、まだ構想段階だったときに、編集長にお会いしました。朝日新聞という本紙が抱えている事情を踏まえ、それを補完する関係の新しいメディアがほしい、ということでした。
 これまで、新聞のスタイルを変える提案を二、三見たことがあります。それらはいずれもデザイナーの側からのもので、新聞というメカニズムを前提としたものではなかったのです。でも今回は新聞社の方から外に声をかけてきた。これは貴重な動きだと考えました。もし、こちらに仕事が回ってこなかったとしても、その一助になれるならと考えをまとめ、提出しました。それは、外にいる側だからこそできる、作ろうとしている新しいメディアについての提案。考え方、作業の進め方などを具体的にまとめたものでした。
 新聞本紙があってこその新紙面、というのが前提です。本紙がないときに、こういうペーパーを作るとしたらどうしたかわかりません。

── 木村さんにとって「新聞」とは?

 新聞の特性をよく表しているものといえば、「号外」です。余計なものを介在させる余地がない。作る側の勢いがそのままこちらに伝わる。そういう回路がすごい。

2008年11月3日GLOBE3号
フロント面(G-1)
2008年11月17日GLOBE4号
フロント面、4面(G-1、G-4)

 テーマを受けてふさわしい顔を作る

── 特集ごとに毎回、表紙やレイアウトの作りが変わりますね。

 いつも同じものをかたくなに守るというやり方もあって、『ニューヨーカー』誌は変わらないということに誇りをもっています。この「GLOBE」は、どう構えるのが良いのでしょう。一方の新聞本紙が基本的に変わらないものであるとするならば、それとの関係からも答えが見つかります。新聞から学ぶことを踏まえつつも、雑誌を専らにしてきたこちらなりの考え、つまりテーマを受けてそれにふさわしい顔を作ること。その結果、表紙やレイアウトが変わることについて編集長は「全責任をとります」と言ってくれています。心強いですよね。

 紙面をどうするか、最初は誰も「これ」という確たるイメージを持っているわけじゃないのです。何人かがテーブルを囲むところから生まれてきます。
 いろいろなパターンがあります。
 1号(『北極』特集)のように、取材現場で撮ってきた写真を使う。
 3号(種子戦争)のときは、もう少し企画っぽく。マルクス兄弟が葉巻のでっかいのを抱えた写真を思い出して、種を作っている人と種とをセットにできないかと考えました。
4号(ローファーム)は、イラストで行こうと決めたら、編集長が絵コンテを描いてきたんです。

 これらを成立させるためには、互いの立ち位置を考えつつ、自分の間口を広げて柔軟な考え方、とらえ方をすることが必要になってきます。お互いの世界を学びながら、新しいメディアを成立させたいという目的に向かって試作をくり返しました。もしかしたら、現在も互いを学びながら試行錯誤をくり返しているのかもしれませんね。

──新聞ならではの苦労は?

 デザイナーであるぼくが文字を削るというのは、基本的にはしません。受けた原稿は尊重して、一生懸命入れようとします。最初にレイアウトして文字数を決める雑誌のやり方に比べて、原稿によってレイアウトが変わる新聞のやり方を不幸だとは思っていない。レイアウトしながら原稿量が動くというのは不思議な感じがします。そういう部分に、フレキシブルに対応するのは面白いですね。いずれにせよ、仕上がりを共有できるかどうかということが大事なんです。

── 新聞という新しい世界でどんなことを考えているのですか。

 雑誌の延長線上にありながらも新しい世界、というのは非常に面白いですね。雑誌で考えていることをそのまま持っていけるとは考えていない。非常に新鮮に話ができるのかもしれない。自分がやってきたエディトリアルを見直すチャンスかもしれません。

 ぼくにとってエディトリアルとは、何らかの素材があって、人に届けるときにどう渡すか、という問題です。かつてこうやってきた、というところにはめこむ作業は、いいものを捨てることになってはいないか、と考えます。つまり、例えば「婦人誌とはこういうもの」というゲームには、面白みを感じないんです。

 エディトリアルの世界じゃない人と一緒に仕事をする、という意味では、『Esquire日本版』や『暮しの手帖』、『翼の王国』(全日空の機内誌)などをやっていた時もそうでした。コピーライターの佐伯誠さんは、こちらがちょっと思いつかないようなアイデアを提供してくれたりしました。雑誌という一つの業界で固まっちゃうところをほぐしてくれました。そういう人とゲームをやっていると、ちょっと違う動きが始まることがあります。

 新しいメディアとは何だろう。違う世界の者どうしで、ものをつくるということはどういうことだろう。それを一緒に見つけていくことが、すなわち「GLOBE」なのではないでしょうか。

木村裕治(きむら・ゆうじ)

武蔵野美術大学卒業後、森啓デザイン事務所を経て、江島デザイン事務所に10年間在籍。1982年木村デザイン事務所設立。『Esquire日本版』を創刊より10年間、全日空機内誌『翼の王国』を18年間、そしてプルーストの『失われた時を求めて』(鈴木道彦訳、集英社)など、多くの雑誌、書籍にアートディレクター、デザイナーとして携わる。2002年、講談社出版文化賞ブックデザイン賞受賞。