本が進化していく先をイメージする

 一般的な「本の装丁」の概念を超越した、強烈な存在感を放つ本を世に送り出し続けるブックデザイナーの祖父江慎氏。そのインパクトゆえに、本の体裁など「外側」のデザインに焦点が当てられることが多いが、今回は、書体と文字組みの関係など、本のもっとも重要なファクターである「文字」についての考え方や思いについてお話を伺った。

時間の地層に身を委ね紙の中の進化を眺める

── 仕事場の本棚が、古い本でぎっしり埋め尽くされていますね。

 祖父江 慎氏

 僕は、本の「ガワ」よりも、文字が好きなんです。パッケージより、刷り物が好き。それで、本の内容に合った書体や組みを毎日考えているうちに、「昔は句読点をどう使っていたんだろう」とかいろいろと興味がわいてきた。それなら、調べるよりも現物を見た方がいいと思って、古本屋さんで昔の本を探すようになったんです。

── 同じタイトルの本が、古いものから新しいものまでズラリと並んでいます。

 単に同じ本を時系列で集めるだけじゃ、あんまり面白くない。本当に面白いのは、本を並べて「紙の中で進化するもの」を見比べること。たとえば、恐竜の骨を見比べると、いろんな進化を思い浮かべられるでしょう? それと同じで、この時代に限って紙にインクがうまく乗っていないのはどうしてだろうとか、江戸時代の紙なのに日焼けしていないのはなぜかとか、時間の地層に身を委ねて、紙の中の進化を眺めるわけです。

 夏目漱石の「坊っちゃん」は、僕が持っている本だけでも100種類以上の「組み」があります。活字が乱れている時代や、「それじゃまずい」と思ったらしくきっちりさせた時代、旧かな使いが新かな使いに変わった時代、DTPが導入された時代……。そして、明治39年に発表されてから101年もたつのに、いまでも誰かが毎年のように新しい組みを作っています。その時代ごとに、いろいろな工夫が凝らされているので、じっくり本を眺める時間が最高に楽しいんです。もう、本当にうっとりしちゃう(笑)。

── 書体も組み方とともに進化していますか。

 ひとつの組みにいくつもの書体を使っていたと思ったら、ある時期から急にひとつの書体でキレイにそろえられたり、書体もどんどん変わっていっています。紙やインクなどの不足した時代には、1ページに入る文字の量を極端に増やしてかつ読みやすい書体が新しく登場したりとか。最近人気がある書体は、「明朝っぽいゴシック」ですね。ただ、骨組みの美しさだけで書体の美しさを忘れているようで、「明朝、ゴシック、いったいどっちなんだ?」みたいな感じもするんですが。

── 物心ついた頃から本好きだったのですか。

 いや、子供の頃は、文字を読んでいてもそこにストーリーが隠されているかどうかもよくわからなくて(笑)、本は「見る」ものでした。美大に入ってからも、最初は「明朝体ってたくさんあるけど、どれもそんなに変わらないから何でもいいじゃん」ぐらいの感じでした。
 でも、それぞれの文字をよーく見ると、ペットと同じで、「顔」の違いがわかってくる。「この子だけ顔がとぼけてるな」とか、だんだんかわいくなってくるんです。それでハマりました。

── ブックデザインというクリエーティブについて、どんな考え方をされていますか。

 僕が仕事をする上での基本は、「本が進化していく先はこんな感じかな?」というところです。いまなら、1970年代ごろに多かった書体をあえて入れてみたりとか、「地層を逆送り込みする」感じですね。

 最近では、外国人の作ったひらがなを書体として使ってみたりもしています。「い」や「し」が妙に傾いていたりして、日本にある書体にはない独特の感じが面白いんですよね。この書体を使っている本はSFの翻訳ものなんですが、思わず吹き出しちゃうような内容だったので、こういう妙な感じだと読む人に伝わりやすいんじゃないかと思ったんです。漢字には、中学校の教科書「学参明朝」でよく使われる明朝体の漢字を組み合わせて使っています。

写植のような70年代調の組み
一般的な活字調の組み
海外のひらがな明朝を使った組み

現在祖父江さんが手掛けている、福音館書店のSFシリーズ 「ボクラノSF」の組み。翻訳家がそれぞれ違うため、文章の トーンや雰囲気に合わせて、4~10種類ほどの書体を使ってそれぞれオリジナルな組みを作っている

 書体とか組みって、これでなくちゃいけないっていう決まりはないんです。だから、本文中に出てくるひらがなの「い」だけが好きになれないので、そこだけ別の書体に入れ替えたりというようなこともします。

 そもそも、きっちりした均質な組みよりも、ムラがある方が読みやすいものなんです。書体と組みのバランスしだいで、視認性や可読性が高くなる。それは、本を読むときに特に意識していなくても、みんながなんとなくわかっていることだと思います。だから、「この本はどんな書体や組みにすれば読む人に伝わるのか?」ということを、一冊一冊よく考えて作るのが一番なんです。

── 本という存在を、どうとらえていますか。

 紙にインクで何かを刷っただけなのに、読むと人生が変わっちゃったりするんですから、本ってほんとに不思議ですよね。
 人間は誰もが「伝えたい気持ち」を持っていて、それが一番大事なのかもしれません。そして、伝えたい気持ちが詰まっているのが、本。
 本を読んでいるとき、我を忘れてうっとりしますよね。「うっとりする力」って、ひょっとしたら動物の中で人間しか持っていないのかもしれない。そう考えると、人間ってつくづく珍しい生き物ですよね。

祖父江 慎(そぶえ・しん)

ブックデザイナー

1959年愛知県生まれ。多摩美術大学グラフィックデザイン学科中退。1990年にcozfishを設立。書籍デザインを中心に、広告、グッズデザイン等の仕事を手がけ現在にいたる。主な装丁作品に、さくらももこ『神のちから』、吉本ばなな『ムーンライト・シャドウ』、恩田陸『ユージニア』、糸井重里『言いまつがい』など。83年第4回日本グラフィック展入選。95年度造本装幀コンクール展日本書籍出版協会理事長賞受賞。97年講談社文化賞ブックデザイン部門受賞。2004年造本装幀コンクール文部科学大臣賞受賞。