表現するものを絞り込み、そこに全神経を注ぐ

 JR東海、トヨタ自動車、サッポロ飲料などの広告を手がける博報堂のアートディレクター、丹野英之氏。ご自身のクリエーティブに対する考え方などについてうかがった。

「スムース」な空気を伝えたN700系の広告

── N700系新幹線をフィーチャーした、JR東海の広告を手がけられました。

 丹野英之氏

 今年3月にダイヤ改正があり、そのキャンペーンをやりたいということでお話があったんです。最初に思ったのは、ただの告知で終わるのではなく、その意義なども含めて、ダイヤ改正をできる限りきちんと伝えたいということでした。

 移動が早くなったり、乗り心地が快適になったり、チケットレスで新幹線に乗れたり、今回のダイヤ改正ではたくさんのいいことが起きる。それらをまとめた言葉として、コピーライターから「スムース」が出てきました。JR東海は世界に誇る新幹線を走らせていて、新幹線を愛している会社です。だったら、ビジュアルについては、会社の姿勢が最も良く伝わるN700系新幹線で行こうということになりました。

── 新幹線の先頭部分すべてを、真横から見た写真が新鮮です。

 駅のホームより低い部分は、ふだんは隠れてしまって見えません。メカニカルな部分なので少々迷いましたが、「スムースな乗り物」を表現するには、やはり全体をきちんと見せる必要があると思ったんです。

 N700系新幹線は、誰かがこのデザインを考えたわけではなく、スピードや快適性を機能的に追求していった結果、自然とこの形になったそうです。それなら、広告も自然に美しく作ってみようということで、様々な角度から撮った写真のうち、もっとも美しい4枚の写真を新聞広告やポスターで展開しました。

サッポロ飲料「リボンシトロン」ポスター

──広告全体から「スムース」な空気が伝わってきます。

 広告を作る際、表現するものをひとつに決めるとやりやすいんです。JR東海で言えば、「スムース」を表現することに全神経を注ぎました。“スムースにしよう”と全員が感覚を共有して集中すると、こういうものが仕上がります。でも、そこに迷いや邪念が入ると、見る人から“何を表現したいのか?”と思われる広告になってしまう。商品をラッピングしてあげるときに、ラッピングが甘いのか面白いのか、または違う何かなのか、そこをきちんと提案して絞っていくことが僕らの仕事。必要以上に難しく考えず、単純化していった方が良い結果を生むのかな、と最近は思っています。

2008年2月18日朝刊 JR東海

 リボンシトロンのポスターは、“並べたコップがいかに泡らしく見えるか”という一点に全員で集中して作ったものです。スタジオの相当高いところにカメラマンが上り、下でモニターを見ている僕と大声で話しながらの作業で、一発撮りでした。

── カンヌでフィルム部門銀賞を受賞したトヨタの企業広告(ヒューマニティ)も、ひとつの伝えたいことに集中した作品ですね。

 最初に、クライアントから「安全を表現してください」と言われたんです。そこで、人間がシートベルトの形をしている=人間のことを考えたヒューマンタッチなクルマ、というアイデアを思いついた。そうなると、あとは様々なクルマの部品をどうやったら人間が表現できるかをずっと考えればいいわけです。

 また、エンターブレインのRPG作成ソフト「RPGツクール」の発売告知ポスターでは、ポスターを張るスペースで何か効果的なことをしたかった。そこで、ここで穴を掘っているので立ち入り禁止ですよ、というコピーの入った工場用のブルーシートを駅のあちこちに張って、リアルなRPGが進行している感じを出す手法を思いつきました。ブルーシートが本当に“ほったらかしにされている感じ”を出すために、トレーシングペーパーを丸めてシートの裏に入れたり、試行錯誤しました。

トヨタ自動車 テレビCM「ヒューマニティ」
(カンヌ国際広告祭フィルム部門銀賞を受賞)

一つひとつのメディアに合ったクリエーティブを

── 新聞広告についてはどうとらえていますか。

 以前、特に新聞広告ばかり作っていた時期があります。僕自身、新聞広告が好きですし、新聞広告に育てられたと言っても過言ではありません。新聞は時代性をそもそも含んでいますから、流行語をもじって使ったり、アイロニーを利かせやすい。また、日付を指定してピンポイントで広告を出すので、それを逆手にとって内容を工夫できます。その半面、新聞広告はスペースの使い方にも一定のルールがあるので、その制約の中でアイデアを考えることでかなり鍛えられました。

── 当時と今で、クリエーティブに対する考え方は変わりましたか。

 アイデアを考えるという面では、時代性は関係ないと思います。ただ、最近気になるのが、クロスメディアという言葉を意識しすぎて、広告表現が広く浅くになりがちな傾向があること。「○○の広告をあなたは見ましたか?」と聞かれて、「あのメディアとこのメディアで見た」と答える人は、実はあまりいないはず。ひとりの人間の中では、メディアはクロスしていないと思うんです。だからこそ、一つひとつのメディアに対して、それに適した広告を時間をかけて考えていきたいですね。

 また、否定する人もいるかもしれませんが、僕は賞を取ることを仕事上の目標にしています。作り手としてあいまいな目標に甘えたくないんです。賞を目標に据えることは、クリエーターの責任の取り方としては良いのではないかと思っています。

丹野英之(たんの・ひでゆき)

アートディレクター

1972年東京生まれ。多摩美術大学グラフィックデザイン専攻卒業。博報堂クリエイティブセンターアートディレクター。CMプランニングも好き。東海旅客鉄道「スムース」のポスターと新聞広告で2008年東京ADC賞。ほかにACC金賞・ベストプランナー賞、カンヌ広告祭シルバー、アドフェストグランプリ、クリオ広告賞シルバー、準朝日広告賞などを受賞。京都造形芸術大学、東京工芸大学などで特別講師。