普通人の感覚を大切に忘れられない広告を

 CMプランナーとして数々の賞を受賞し、1999年に日本初のクリエーティブエージェンシー「TUGBOAT(タグボート)」を設立。現在、クリエーティブディレクターとして数多くのキャンペーンに携わる岡 康道さんに、現在の広告や普段の仕事についてうかがった。

広告のクオリティーをビジネスの根幹にしたい

── タグボートを設立した経緯を聞かせてください。

 岡 康道氏

 電通の社員だった10年ほど前、社命でヨーロッパのクリエーティブエージェンシーを視察、研究したことがあるんです。現地では、同年代のエージェンシーの社長が企業のトップと対等に議論をし、クリエーティブそのものに対して報酬をもらうというビジネスモデルが確立されていた。広告の質そのものがビジネスの根幹になっていることに、強い衝撃を受けました。日本の広告ビジネスの根幹は、メディアから買った広告枠を企業に売ることで、クリエーティブはその扱いを増やすための武器にすぎません。でもより広告の質を高めるには、クリエーティブエージェシーのような仕組みが日本でも必要で、それならこの時点で一番よく分かっている自分が取り組むべきなのではないか。そう考えたのが、タグボートを設立した理由です。

── 現在の仕事について聞かせてください。

 4人で常時、10社から15社ほどの広告を担当しています。半分は企業広告的なキャンペーン、残りが商品広告です。ほとんどがタグボートになってからお付き合いが始まった企業です。従来の枠にとらわれない、新しい発想のキャンペーンを期待されて、我々に依頼をする企業が多いようです。

 企業は製品への思い入れが強い分、消費者の感覚とずれた発想になってしまうことがある。オリエンなどでそんな違和感をもったときは、「そんな広告は誰も見たくありません」「そのメッセージは生活者には響きません」と率直に言うようにしています。

 素直に言えるのは僕自身が悲しいかな、まったく平凡な普通人なので、ほとんどの消費者も同じように考えると思っていることです。広告の世界では、突出した才能を持った人よりも、ごく平凡で当たり前に日常を生きている人のほうが、長く活躍できるように思います。

── 最近、広告に元気がないという意見も聞きます。

駅のポスターに直張りして配布した「ミニ朝日」

 今の消費者は、新商品や新機能だからといって簡単には飛びつきません。商品の力自体が弱まっていることも、広告のパワーと関係があるでしょう。また物が売れなくなってきているだけに、より重要性を増しているのが企業広告です。その企業に共感できるかどうかが商品選びの判断基準になってきているし、リクルーティングにおける企業広告の影響力は想像以上に大きい。知的でクオリティーの高い企業広告を長年地道に続けている富士ゼロックスが、学生からとても人気が高いのはその良い例です。

広告によってイメージと現実のギャップを埋める

── 現在、朝日新聞のキャンペーンを手がけられていますね。

2008年5月12日朝刊

 信頼性が売りのメディアだけに、「地味でも本質的な案」をと考えました。新聞の売りは、何より記事です。そこで記事を使ったキャンペーンをと考えたのが、駅のポスターに直張りして配布した「ミニ朝日」です。朝日新聞というと一般的に堅くて真面目、教養主義的、といったイメージがあります。でも実際に読んでみると、そんなことはない。このキャンペーンを通して、実は朝日は親しみやすい新聞なんだということを多くの人に知ってもらいたかったのです。企業ブランド広告というと、何か新しいイメージをアピールすることのように思う人もいるかもしれませんが、どんな企業にもすでにできあがっている企業イメージというものがあります。むしろそのイメージと、現実やあるべき姿とのギャップを埋める、または誤解を解いていくといったことも、広告キャンペーンの大きな役割です。

── 新聞広告全般については、どのような印象をお持ちですか。

 新聞広告はテレビCMよりうんと短い時間、ページをめくった一瞬で判断されています。その瞬間に、どれだけ読者の興味を引きつけ、印象を与えられるか。クリエーターは、そこを突破できる表現になっているかを問う必要があります。

 インターネットの出現で、細かな情報はウェブにゆだねられるようになりました。その分、新聞やテレビでは、シンプルなメッセージを強く打ち出せる。ドラマの結末をウェブで見せたライフカードのテレビCMは、そこをうまく活用した例でした。インターネットの出現は、新聞広告やテレビCMにとってむしろチャンスで、うまく連携させれば、もっともっと面白い広告表現が可能だと思います。

── 最後に、今後の抱負を聞かせてください。

 広告表現は宿命的に人々の記憶の中にしか残りません。そして誰でも忘れがたい広告が、一つや二つはある。僕の場合、国鉄の「ディスカバー・ジャパン」や、杉山登志さんが演出した資生堂の一連のキャンペーン、「行く年来る年」の時に流れていた服部セイコーのテレビCMなど。広告制作に携わるなら、これらの広告表現のように、見る人の心に深く刻まれ、いつまでも忘れられないものを、作っていきたいものだと思います。

岡 康道(おか・やすみち)

クリエーティブディレクター

1956年佐賀県生まれ。早稲田大学法学部卒業後、電通に入社。営業局を経てクリエーティブ局へ。1999年に「TUGBOAT」を設立。資生堂、富士ゼロックス、富士フイルムなど数々の企業ブランドキャンペーンを手がける。クリエイター・オブ・ザ・イヤー、ADC賞、TCC最高賞、ニューヨークフェスティバル入賞・クリオ賞など受賞多数