書だけでなく自分の人生そのものが作品

 新聞や雑誌連載の題字、パブリックアート、様々なアーティストとのコラボレーションなど、ジャンルや国境を越えて幅広く活躍する書道家の武田双雲さん。庭から差し込む光と風が心地良い、湘南の仕事場兼書道教室で、作品に込められた思いや、クリエーティビティについてのとらえ方などについてお話をうかがった。

書道を通してひとの個性と感性を育てる

 武田双雲氏

── 書道教室ではどんな授業をされていますか。

 僕がやっているのは、書道の面白さを伝えるための、クリエーティブな“ゲーム”です。4人一組でやるリレー書道や、言葉を紡ぎ出すリレーポエム、いわゆる“あいうえお作文”のようなものなど、色々なゲームをみんなでワイワイ言いながらやっています。

 僕が書道の技術をたたき込んだところで、結局は僕の字になってしまうだけ。本来の目的は、生徒さんがそれぞれの個性で伸びるためのお手伝いです。書道を通じて、何かを面白いと思う感性を育てたいと思っているんです。だから、暗い人は暗い字を書き、税理士さんは「借金」と書く(笑)。そして、個性という字をあえてまったく無個性に書く人がいたりする。本当に色々な作品があって、ものすごく面白いですよ。

── 武田さんは、“個性”についてどうとらえていますか。

 いま、個性を吐き出すことをみんなが恐れている気がします。空気を読むことと、自分を抑えることは違う。ある空気の中に、自分の個性をうまく流していくのがコミュニケーションなのに、場の空気を読むだけで終わってしまう。無理にしゃべらなくても、ちょっと笑ったりするぐらいでもいい。空気を読みながら自分を出すことは単なるスキルだから、何度も失敗しているうちに上達していくと思うんですが……。

 個性はもともと人間の中に大きく存在しているわけではありません。世の中で他人にもまれることで磨かれて伸びていき、年を経るごとにどんどん美しくなっていくものだと思います。

── 個性に加えて、“何かを面白いと思う感性”をとても大切にされています。

 会社員時代、周囲のみんながつまらないと愚痴ばかり言うので、逆につまらなさを楽しめばいいんだと気付いたんです。自分のまわりの物事を面白くしようという気持ちがあれば、誰でもクリエーティブになれますよね。

 たとえば、道端のひまわりを見たら、「ひまわり」というこの名前はいったい誰が考えついたんだろうと思いを巡らせてみる。リンゴをかじったら、リンゴというものの存在を知らずにこれを食べたときの驚きを想像してみる。あまりにジューシーでびっくりしたに違いないですよね(笑)。大人になると忘れがちですが、子供の頃はこういうくだらない話題で延々と盛り上がれたはず。あの感覚はとても大事だと思います。

 皿洗いだって、クリエーティブにやれば面白くなるはず。まずは、できるだけ少ない洗剤でスピーディーに洗う皿の洗い方を覚えるのが面白いですよね。そしてレベルが上がって来ると、そのやり方をシステム化して他のバイトの人に教えてあげられる。さらに、「日本皿洗い協会」を作って世の中にエコな皿洗いを広めたり、皿洗いに適した素材を研究するチームに加わったりしてみる。皿洗いで世界を変えられるんです。そう考えれば、世の中に“下積みの仕事”なんて存在しないことになりますよね。

2007年9月16日付 朝刊
2006年9月から1年間にわたって朝日新聞に 掲載されたシリーズ広告「マネックスお金 のゼミナール」

08年3月まで連載さ れた「家族」(左)、08年4月からの新連載「縁」(中央)で題字を手がける。また、朝日新聞が発行している『暮らしの風』(右)では連載を担当している

書というアートの領域なら世界中に伝わる

── 書を通じて、いまもっとも表現したいことは。

 僕は、字はまあまあうまい方だとは思うけれど、何の才能があるのかは自分でもよくわからないんです。でも、なぜいま色々なところで表現活動ができているかといえば、書を通じて人類を進化させようと心から願っているからじゃないでしょうか。これを言うと笑われることもありますが、僕は至って本気です。

 いまは、人が科学や宗教やアートや経済の枠を超えて生きる時代。フラット化した世界の中で、次の世代の人類はどうあるべきか、新しい人類の理想とは何なのか……。それを一人ひとりに話す時間がないから、書という飛び道具を使って伝えているつもりなんです。書道だと日本に限られますが、書というアートの領域であれば世界中の人に伝えられますし。書道家としてだけでなく、自分の人生そのものが作品だと僕は思っているんです。

──いま、クリエーターにどんなことが求められていると思いますか。

 いまはマスメディアの報道をみても、なんでもAかBかの二元論になりがち。だからこそ、いまはクリエーターの時代なんだと思います。

 仕事ができるとか、業界でどうやれば成功できるかということよりも、頭をできる限り柔らかくして、世の中の誰よりも日常を遊ぶ。風が吹いた、雨が降ったということだけでも、どんな表現ができるかをいつも考える。そんなクリエーターが大きなビジョンを持って、世の中をもっと面白くしていってほしいというのが僕の個人的な願いです。
 最初にビジョンをいちばん大きなところに持っていって逆算すると、進む一歩が物理的に大きいですよね。小さな違いにこだわるよりも、いまの世界の現状を明るく変えてくれる、スケールの大きなクリエーティブに期待しています。

武田双雲(たけだ・そううん)

書道家

昭和50年熊本市生まれ。3歳から母である書家・武田双葉に書をたたき込まれる。01年1月NTTより独立。様々なアーティストとのコラボレーションや斬新な個展など、独自の創作活動で注目を集める。6月14日に開通した副都心線明治神宮前駅の「希望」制作。主な出版物に『たのしか』(ダイヤモンド社)、『「書」を書く愉しみ』(光文社新書)、『書倫道』(池田書店)、『ひらく言葉』(河出書房新社)。08年7月に『しょぼん』『書本』(池田書店)を出版予定