コピーで曲を書くメロディーメーカー

 キユーピー、サントリー、JR東日本、サッポロビールほか、数々の広告を手掛けてきたコピーライター/クリエイティブディレクターの秋山 晶さん。クリエーティブに対する考え方や、作品へ込められた思いなどについてお話をうかがった。

──いま、ご自身のクリエーティブにどんな思いをお持ちですか。

 秋山 晶氏

 キャッチフレーズがあって、ボディーコピーがあって、タグラインがある。そういう広告を、僕はずっと作っていました。するとある日、佐藤可士和さんの「インテグラ、ノッテグラ、ホンダ」が出てきた。それを見た瞬間、「自分は何十年もの間、一体何をやってきたんだろう」と、頭の中が真っ白になったんです。

 その前から、自分自身に対して疑問を持っていました。ジャック・ダニエルの広告を作ったときも、自分では割合とよくできたなと思っていたんです。キャッチがあってボディーがあって、モノクロの写真で……。

 ところが、大貫卓也さんが、あるウイスキーの広告でモノクロームをラジカルに使った。過去のためではなく、未来のためにモノクロを使っている。ジャック・ダニエルとはあまりに対照的。もう、頭の軸が違うわけです。そこで最初にぐらっと来て、さらに佐藤可士和さんのインテグラで仰天し、「当分、今までのやり方はやめよう」と思ったんです。

 そして、99年のキユーピーの新聞広告では、PC上をスクロールしているようなイメージでコピーを書きました。キャッチフレーズも、ウェブのデザインを取り入れ、普通の新聞広告であれば「空気を抱えたマヨネーズ」と言うところを、「マヨネーズ 空気入り」という、ふだん自分が書かないようなものにした。

 それから、インタラクティブも大事だと思って、「野菜を見ると、想像するもの。」という新聞広告をやりました。すると反響があって、“初めてサラダを作ったのは、高校時代のファミレスのバイトでした”とか、自分の思い出をみんなが書いてくる。そのとき、広告ですべてを仕上げてしまい、完結させるのはやめようと思ったんです。

── 時代の流れとともに、常に進化を続けてきました。

 ただ、「世の中にこういうムーブメントがあるからこう書かなきゃ」と思って作っていると、自分のID(アイデンティティー)がなくなってしまう。それはとても寂しいことです。晩年は、自分のIDでものを作りたい。僕のIDは“メロディーメーカー”だから、これからは、自分はコピーの山下達郎だと思って(笑)、“曲”をつくりたいですね。

(1998年)
(1999年)
2008年2月1日朝刊

── IDがないのは寂しい?

 寂しいというより、無機的ですよね。IDがない方が広告を“信号”として使っているぶん、明らかに飛距離は出ます。短縮されるから、メディアには乗りやすくなる。でも、それで果たして本当に心に届くのか、というと……?

 信号ではなく、純粋にコピーとして使うのなら、「愛を探したら食卓にあった。キユーピー」というようなコピーになるんです。愛って、置いてあるものじゃなくて、自分で探すものですよね。でも、これをCMの先に2秒付けたところで効果はないでしょう。そういう、クリエーターなら誰もが味わう悲しさ、寂しさみたいなものが少しあります。

── 秋山さんのコピーには、音楽的な気配を感じます。

 たとえば、葛西薫さんの人格や気品には勝てないな、と思うけれど、CMの音楽ならどうかな、と思うんです。でも、印刷に音楽はないから、結局コピーで曲を書くしかない。ボディーコピーのリズムとか、間とか、省略とか……。読む人が音楽的なものを感じてくれれば、それでいいんです。

 僕のコピーは、リズムよりもバラード。バラードの中でリズムをとっているんです。何かを書くときには、必ず長めに書いて、どこを縮めてどこを削ってということでリズムをつくる。ただ細かく色々と書いても、読んでもらえませんから。

 そして、ある程度自分のイメージで作ったものを、読む人がさらに埋めていってくれるのが文章としてすごく面白い。CDはデジタル信号だから、欠けた部分を全部人の脳が補っていますよね。前の音の余韻を次の音につないで、その間のすき間を聴く人が埋めている。だから、同じように文章も読む人が空白を埋めて行く方が読みやすいんじゃないかと思います。

 文章の一部が飛んでいることが前提だから、ワンフレーズが長くなり、印刷物、とくに新聞広告が向いています。ある程度の長さのボディーコピーがないとできませんから。
 でも、僕の広告も昔は新聞ばっかりだったけれど、最近はCMが増えてしまった。CMだと、なかなか完全なバラードを書けず残念です。

── コピーを考えるとき、まず最初に英語で考えるそうですね。

 そう、僕はまず頭の中で最初に英語で考えて、それを日本語にしています。そうすると、空間ができて、余計な水分がなくなり、客観的になる。もうひとりの秋山が、絶えずチェックをしている感覚です。
 僕は、言葉と言葉の間、文章と文章の間の余白をとても大事にしています。英語には必ず主語があるから、どんなコピーにも必ず主語があるように考えれば、英文に近くなる。そして多めに書いて、どんどん消していくと、余白になる。いちばん難しいのは、最後の一行。これを消した方がいいのか、そのままの方がいいのかは、そこへ到達してみなければわかりません。それまでの文章にきちんと力があれば、最後の一行はいらないんですよ。

秋山晶(あきやま・しょう)

コピーライター/クリエイティブディレクター

1936年東京生まれ、立教大学経済学部卒業。ライトパブリシティ代表取締役CEO。1998年4月から2007 年3月まで東京コピーライターズクラズ会長。代表作に、「男は黙ってサッポロビール」(サッポロビール)、「ロンサム・カーボーイ」(パイオニア)、「時代なんか、パッと変わる。」(サントリー)、「その先の日本へ。」(JR 東日本)、「野菜を見ると、想像するもの。」(キユーピー)、「人は、人を思う。」(キリンビール)など。キユーピーの広告には40年以上携わっている。