シャープやマグライトなどの広告写真を手掛ける、写真家の藤井 保さん。昨年からは、旭化成の企業広告「昨日まで世界になかったものを。」シリーズの撮影を担当している。
今回は、旭化成の一連の作品に込めた思いや、写真に対する考え方などについてお話をうかがった。
リアリティーを大切に各国の問題を撮影
──旭化成の企業広告「昨日まで世界になかったものを。」は、世界が抱える様々な問題に対して、旭化成が自社の技術で回答を提示していくというシリーズです。
この企業広告は、重要なテーマを伝えるためにはじっくりと長く続けていくべきではないかということで、これまで進んできました。この仕事を始めるまで、実は僕も旭化成について詳しくは知らなかったんですが、世界の抱える問題を解決する色々な技術を持っていて、社会性がある。だから、写真家としてはとても面白くて、やりがいのある仕事です。
また、広告なのでまったく演出なしというわけにいきませんが、すべての作品を通して、リアリティーを大切にしています。キャスティングも、モデルではなく、本当にその場所に住んでいる人を選んでいます。
──シリーズ第一弾「水の星、ふたたび。」編の新聞広告は、干上がった湖の写真に衝撃を受けました。
ここは、4、5年前まで本当に水があった、アジアの辺境の湖です。それが、ダムの建設や環境破壊で、急速に砂漠化してしまった。写っている船は、どこかから運んできたのではなく、実際にここで土に半分埋もれていたものです。
でも、ほとんど雨が降らないところなのに、たまたま降ってしまって……。いつものような乾燥状態になるまで、数日間待ちました。
──第二弾の「長寿を輸出せよ」編の新聞広告は、アフリカに暮らす親子の写真がメーンです。
いま、世界には平均寿命が日本の約半分という国がまだいくつもあります。そのひとつである、南アフリカへ行きました。撮影した場所は、ヨハネスブルクから4、5時間車で移動した村です。
この親子は、現地に住んでいて、撮影に協力してもいいという人たちの中から選びました。単に親子というより、命をより象徴した小さな赤ちゃんと母親、という組み合わせにしたかったんです。
──第三弾の「伝統を新しく」編は、インドが舞台です。
この回は、インドのムンバイにあるイスラム教寺院とその周辺で撮影しています。夕方に寺院へお参りに行く人々を撮ったとき、太陽が沈む場所に聖なる場所を建てたんだな、ということがよくわかりました。
また、旭化成はもともと繊維から広がった会社ですが、伝統的なインドのサリーを旭化成の最新の糸で作り、それを女性に着せて撮影しています。女性が寺院の中で、祈りをささげているイメージです。
インドは、撮影許可の申請だけでなく、でき上がった写真を政府側に見せなければならなかったり、色々と大変でした。宗教を冒涜(ぼうとく)するようなことがあっては困る、という意味合いなのかもしれませんが。最初は、街中ではなく、インド映画の撮影用セットでどうですか?と言われたぐらいですから。
2008年3月24日朝刊(ページ送り)
被写体と同じ目の高さで緊張感を大切に
── 写真に対して、常に意識していることは。
シャッターを切る側と撮られる側にある緊張感や“気”のようなものが、写真にとって大切なんです。撮られる側に「何かをやらせたな」という感じは、見る人には必ずわかってしまう。確かに、何かをシンボリックに伝えることは必要ではあるけれど、だからと言って不自然な演出というのはどうなのかな、と思っています。ドキュメンタリーとフィクションの境目については、常に頭にありますね。
それと、南アフリカの親子だったり、シャープの広告の吉永小百合さんだったりと色々な人を撮るわけですが、どんな場合でも、常に同じ目の高さで見ることを心がけています。これは人だけではなく、風景も同じことで、自分の我が強すぎても弱すぎても作意性が強く出すぎたり、逆に力のない写真になったりします。
あとは、実際に現場に立って風景を見て、人に会うこと。それで初めて写真が撮れるわけだし、移動することで見えてくることがありますから。
僕は東京で打ち合わせや後処理なんかをしていて、ちょっとでも時間が空くとどこかに行きたくなっちゃうんです。東京やニューヨークより、何もない原野のような場所が好きだから、そういうところに行って仕事ができるのは幸せですね。
写真家
1949年島根県生まれ。1976年大阪宣伝研究所写真部より独立、東京に藤井保写真事務所開設。主な作品に、JR東日本、マグライト、無印良品、ワコール、旭化成などの広告写真。主な写真集に『ESUMI 』、『ニライカナイ』、『AKARI』、『カムイミンタラ』(以上リトルモア)。主な出版物に「藤井保の仕事と周辺/Fujii Films」(六耀社)。ADC賞グランプリ、 ADC賞、ACC最優秀賞、朝日広告賞、カンヌ国際広告祭フィルム部門銀賞、APA賞、NY・ADC賞など、受賞多数