「考え方」を作ることからデザインは始まる

 サントリー「ウーロン茶」「黒烏龍茶」など数々の広告に加え、CI、パッケージ、装丁、映画や演劇のグラフィックなど、幅広く活躍するアートディレクターの葛西 薫さん。クリエーティブの考え方などについてお話をうかがった。

「黒烏龍茶」の世界観を機能性とともに伝える

──サントリー「ウーロン茶」と並行して、同社の「黒烏龍茶」を手掛けられています。

 葛西 薫氏

 「ウーロン茶」と「黒烏龍茶」の仕事を並行して進める上で、双方の表現がそれぞれきちんと成り立ち、烏龍茶全体としても考え方が通されている仕組みを作らないといけないので、そこは大変でした。ただ、「黒烏龍茶」は“機能性”という輪郭がはっきりしていたので、迷うことはさほどありませんでした。

 それぞれの表現すべてに共通しているのは、「食べる」ということと、筆文字だということ。機能をきちんと伝えなければいけないので、「ウーロン茶」よりも切り込んだ表現にしました。

 「黒烏龍茶なので背景は黒」「食べておいしい色は赤」「中国のイメージは赤」など、背後には多少の計算があります。また、筆文字は、よく薬局の店頭に張ってある「~でお悩みの方に」という手書きのポスターをイメージしました。これなら、赤い色を言葉の傍点に使えます。

 ターゲットが中年や年配の方ですし、こういったスタイルのほうが取り澄ましていなく直截的でいいのでは、という思いもありました。

 安藤隆さんの「中性脂肪に告ぐ」という語りかけが絶妙だと思います。このあたりの表現は、僕も安藤さんも、もういい年だからできているのかもですね(笑)。そうした様々な要素を積み重ねて、適度に泥臭く楽しく、効能もきちんと伝わるように作っています。

 写真は「ウーロン茶」と同じく上田義彦さんが担当していますが、とても静かな「ウーロン茶」の世界に対し、「黒烏龍茶」は少し砕けた世界です。このふたりの中国人俳優の表情だけで十分な味が出ていますから、それ以上のことはせず、上田さんの写真の力によって品質感や商品の格を表現できていると思います。

2007 サントリーウーロン茶ポスター

2007 サントリー黒烏龍茶ポスター

とらや東京ミッドタウン店のエントランス

店を作ることもアートディレクション

──「とらや」のクリエイティブディレクターを務められています。

 虎屋が「トラヤカフェ」を新しく出店するにあたって、僕はパッケージデザインやネーミングを考えることで企画に加わりました。その後、本体である「とらや」から声をかけていただき、今はクリエイティブディレクターという立場で、お店の形状、ディスプレー、パッケージ、広告などの全体を見る仕事をやらせてもらっています。「とらや」は5百年にもおよぶ大変な老舗(しにせ)、とても慎重に仕事を進めています。

 東京ミッドタウンに出店する際には、以前から作品や著書を見て気になっていた建築家の内藤廣さんに内装のお願いをしました。また、去年の秋、御殿場に「とらや工房」という林に囲まれた庭で、お茶を飲みながらできたての和菓子を食べられる楽しい店ができました。まずは地元の人に喜んでほしいので、広告は一切していません。口コミで広がるのではと思います。着想からオープンまで4、5年かかりましたから、完成したときは感無量でしたね。こちらも内藤さんの設計によるものです。この二つの店はかなり対照的ですが、「場」にそって、という思いは同じです。

── 店を作ることも、アートディレクションですか。

 そうですね。いままで広告ばかり作ってきましたが、この年齢になってから「とらや」の仕事ができたことは幸運ですね。アートディレクターとして、あるいはグラフィックデザイナーとしてのこれまでの経験を、本来やりたかったことに生かすことができて、やりがいを感じます。
デザインとは、「考え方」を作っていくことだと言います。そうじゃないと表面的なものになってしまう。形になる以前からがデザインなんだと、今、「とらや」の仕事で実感しています。

── 最近の広告全体の傾向について、どう見ていますか。

 その広告の中だけで完結してしまっているものが多いのでは?という感じがあります。その場限りというか……。こうありたいという思いが、作り手側から薄れつつある。また、今は、言葉の周りにあるニュアンスみたいなものを伝えようとしても、受け取る側がそれを信用しなくなっている気もします。単なる情報ではなく、もっと大きく包みこむような表現、うるおいや豊かさが広告から薄れてきたと思います。

 携帯などが登場し、色々な情報が簡単に手に入るがゆえに、人が本来持つ潜在的な好奇心や知識欲がそがれているのかもしれませんね。それに今は情報が細分化しているので、小さな世界の中での差異を、つい大きな差異ととらえてしまう。なにか仮想の世界の一角で勝負している時代なのかなと思います。

──「機会があればやってみたい」と思っていることはありますか。

 広告以前のところから考えて、必要があれば広告を作るというかかわり方をしたいと思いますね。

 もうひとつは、僕はアーティストではないけれど、有り余る時間と白いスペースがあったら、自分の中からわいてくるもので何をするのか、何が描けるのか、試してみたいですね。過去の積み重ねを一切断ち切って、本当にやりたいことは何かを自分自身に問いかけてみたいです。

葛西薫(かさい・かおる)

アートディレクター

1949年北海道札幌市生まれ。サン・アド アートディレクター。
サントリーウーロン茶(1982年~)、ソニーのオーディオ(1979~92年)、サントリーモルツ(1986 年~90年)、西武百貨店「日本一の市」(1986~92 年)、ユナイテッドアローズ(1997年~)などの広告キャンペーンを手掛ける。近作にSUNTORY新CI、TORAYA CAFÉ、とらや東京ミッドタウン店のアートディレクションなど。朝日広告賞、東京ADCグランプリ、毎日デザイン賞など受賞多数