わかりやすいメッセージで読み手の気持ちにすっと入る

 日本郵政グループのキャンペーンや、マルコメ、ミツカン、日本フォスター・プラン協会の広告などを幅広く手掛けるコピーライターの岩崎俊一さん。コピーに対する考え方や、広告と社会についての思いなどについてお話をうかがった。

 岩崎俊一氏

――民営化された日本郵政のキャンペーンを手掛けられています。

 昨年の6月ごろから作業を始めたでしょうか。日本郵政グループの西川善文代表取締役社長の「誰ひとり見捨てることのない民営化」という言葉が非常に印象的で、僕たちはそれを頼りに作業をすすめました。

 高度経済成長時代から現在までの日本を見ていると、強いものや都会に与(くみ)して、経済のパワーの縦軸方向にシフトして行くことがあまりにも多かった。でも、高齢化や過疎化が進み、日本という国が成熟してきたなかで、そろそろこれまでの“多数=正義”という価値観を変えなければいけない。そこにたったひとりの人間しかいなくても、その人を大事にすることが大切なこと。「ひとりを愛せる日本へ。」というキャッチフレーズはそんな気持ちで生まれたものです。

 民営化前の9月18日の新聞広告では、ボディーコピーに「ひとりの重さは、日本の重さ」という言葉が入っていますが、グループの人たちは、それくらいの覚悟で民営化の準備を進めていたようです。そして、10月1日の民営化当日、「日本郵便」「ゆうちょ銀行」「かんぽ生命」「郵便局」の四つに分社化される、という新聞広告を掲載しました。

――日本郵政初の“商品広告”は、年賀状の広告でした。

 民営化後の商品広告の第1号なので、年賀状は非常に重要なキャンペーンですね。テーマは、メールの普及などで年々減っていた年賀状を、もう一度元気付けたいということです。

 以前、西武百貨店のギフトの広告で「贈る者は、汗をかけ。」というコピーを書いたことがあります。贈り物は、相手に喜ばれたいからこそ一生懸命頭を使いますよね。年賀状も、贈り物だと考えれば少しくらいの労力がかかるのは当然なわけです。また、年賀状をもらう人の立場になってみれば、元旦明けに郵便受けに入った年賀状を見つけたら、贈り物をもらった時のようにうれしいと感じるはず。

 ま、そんな気持で書いた「年賀状は、贈り物だと思う。」というコピーです。ボディーコピーにあるように、年賀状は「たった一枚の、小さくて、うすい紙」だけど、そこには、自分の気持ちという、思いきりいいものを入れることができる。素敵ですよね。

 2007年4月3日朝刊
 2007年11月1日朝刊
 2007年9月18日朝刊

物事の価値の洗い出しはコピーを書く上で重要

――マルコメの新聞広告は、「お味噌は、あまりにも無口でした。」というコピーが印象的でした。

 スーパーがプライベートブランドの味噌を作るなど、味噌の低価格競争が激化する中で、これからマルコメがブランドとして生きていくために、何か発言をしなければいけないという事情があった。

 今回の広告については、マルコメの青木時男社長には「これが味噌業界全体の広告になっても構わないから、世の中に味噌の価値を再認識してもらいたい」と言われていました。お味噌を健康にシフトするというテーマは、いまお味噌から、はずせないですよね。

 昔の小説などを読んでいると、戦で兵士は、炭水化物の米とタンパク質の味噌だけで生き延びていたとある。優れた発酵食品である味噌は、それだけ偉大な食品であり、体にも良いのに、いままでは“そこにあって当たり前”の存在でした。また、それに対して、味噌のメーカーも何も発言してこなかったのです。つまり、「お味噌は、あまりにも無口でした。」というわけですよね。「お味噌は、からだと生きていく。」という健康宣言のコピーは、マルコメのすべての商品にかかるものとして、今後使うことになっています。

――岩崎さんの作品には、誰もが当たり前だと思っていた感覚や価値を、再び根本から問い直すものが多いように思うのですが。

 たまたまそういう依頼が多いだけなのかもしれませんが、物事の価値を改めて洗い出すことは、コピーライターの重要な役割だと思います。

 コピーは、作るものではなく、見つけるものです。小川洋子さんの小説『博士の愛した数式』に、“答えはすでに存在していて、それを見つけるのが数学者なんだ”という一節がありますが、僕たちコピーライターも、この空気の中にすでに存在している真実をパッとつかまえ、書き記すのが仕事だと思っています。

 ひねり出したコピーには無理がある。多くの人の腑(ふ)に落ちることはありません。一方、空気中から発見されたコピーには、言葉に「ムリ」という負荷がかかっていないから、抵抗なく、すっとカラダに入ってくる。はまるべき所にきれいにはまっていくということですね。

 「わかりやすい」ということは、それ自体がすでにエンターテインメントだと思っています。「腑に落ちる」とか「納得する」ことは、読み手にとって気持ちがいい。ですから、企画書でもボディーコピーでも、「うん、わかるわかる」と、自分でも納得しながら前に進んで行く快感を大切にしています。

 「人間の目標ってなんだろう?」と考えた時、「幸せになりたい」ということにつきますよね。郵便局にしても、味噌にしても、お酢にしても、みな人間が幸せになるために存在するわけです。そこを起点にしてあらゆるコピーを考えていけば、間違いはないだろうと思っています。

岩崎俊一(いわさき・しゅんいち)

コピーライター

1947年京都府生まれ。同志社大学文学部心理学科卒。大毎広告、レマン、マドラを経て、79年岩崎俊一事務所を設立。主な作品に、「21世紀に間に合いました。」(トヨタ「プリウス」)、「英語を話せると、10億人と話せる。」(ジオス)、「美しい50歳がふえると、日本は変わると思う。」(資生堂)、「大人から幸せになろう。」(ブライトンホテル)、「さ、世代コータイ。」(au by KDDI )、ミツカン「やがて、いのちに変わるもの。」など。朝日広告賞、読売新聞広告大賞ほか、受賞多数