描く主題との「距離感」が独自の表現世界に

 2014年10月に始まった朝日新聞夕刊の連載小説は、子どもをテーマにした作品を4人の作家が織りなす。そのスタートを切ったのが「豆大福と珈琲」。東京を舞台に、主人公が幼なじみの女性と再会し、彼女の7歳の息子と3人で暮らすことを思いつく。彼らの交流を描く物語だ。著者は、作家デビュー40周年を迎えた片岡義男さんだ。片岡さんは1980年代にその独特の世界観で人気を博した。翻訳やエッセー、英語論など幅広い分野で作品を発表している。今回の連載小説が生まれたきっかけ、これまでの創作活動について語ってもらった。

はじめて味わった豆大福がきっかけ

――「豆大福と珈琲」の物語の着想は。

片岡義男氏 片岡義男氏

 新聞連載の依頼が来た翌日に、ある出版社の編集者が豆大福を差し入れしてくれました。この時に、豆大福というものを生まれて初めて食べたんです。それが有名な老舗の豆大福でとてもおいしかった。このとき、「豆大福」という字面は悪くないなと思いました。そして、その雰囲気に合わせて漢字の「珈琲(コーヒー)」を組み合わせてタイトルにしました。

 連載については「子どもをテーマに」というお題が出されていました。豆大福から女性をイメージしたので、老舗の和菓子屋の娘で、離婚して子どもが一人いる――。そういう設定が浮かびました。この女性と子どもと一緒に暮らそうと思いつく主人公の男性は「珈琲」のイメージ。豆大福には普通なら日本茶を合わせるところですが、日本茶のような男では豆大福の女性に近すぎる。珈琲だと、二人の関係性にちょうどいい距離感があるのです。

 この「珈琲」の男性を軸に親子三世代の話にすれば、うまくまとまる。さて子どもを何歳にするか。3歳じゃうまくしゃべれないし、12歳では大きすぎる。それで7歳にしました。三世代の親子の物語の中に7歳の男の子を置く。これで物語はできちゃうものなんです。とはいえ、子どものテーマで書くというオーダーは初めてでした。実際、これまで手がけた作品の中で子どもが出てくるのは2作ぐらいしかありません。だからと言って、特に難しいことはありませんでした。70枚ほどの短編でしたが、一気に書き上げました。

※画像は拡大表示します。 連載小説『豆大福と珈琲』 連載小説『豆大福と珈琲』

――手にしたモノから発想して物語が生まれる。それは片岡さんの創作スタイルなのですか。

 そういう場合もあります。最近は、確かスペインのすごくきれいなイワシ缶から物語を作ったこともあります。見たり、食べたり、何らかの経験をしたことから物語は始まります。ちらっと聞いた話とか、どこかで読んだ話とか間接的な経験ということもあります。1970年代から80年代にかけて、アメリカを題材にした作品を多く手がけましたが、あれも実際に見た風景ではなく、日系2世の父親から聞いた話などをもとに書いたのです。

 ストーリーは、論理の筋道を間違えないように最後までしっかり考えてから書き始めます。そうして書き始めると一気に書くことができます。

――サーフィンやオートバイなど、アメリカンカルチャーを描いた作品が、当時の若者から熱狂的に支持されました。

 本当はあれしか書けなかったんです。股旅物が書けたら、そういう話を書きましたよ(笑)。アメリカを描いたのは、その「距離感」なんです。僕は、自分に身近なものは書けない。距離感があって、抽象的なものしか書けなかったような気がします。最近は、東京の下町を舞台にした作品もあるのですが、近いものが書けるようになった訳ではなく、どんなに近くてもある程度の距離感が保てるようになりました。自分が進化したのだと思っています(笑)。

「勤勉に」執筆して40年 長編も準備中

――『日本語の外へ』『日本語と英語 その違いを楽しむ』など、日本語と英語に関する評論も書いています。言語に興味を持ったきっかけとは。

   

 日系2世の父親は英語、滋賀県出身の母親は関西弁、そして僕は標準語を話す、という家庭で育ったので、そういうところで言葉に興味を持ったのかもしれません。

 日本語を英語で表現するとこうなる、という試みは、個人的な遊びのようなものがきっかけです。以前、百貨店にアメリカ人の友人を連れて行ったとき、「本日はお足元のお悪い中、ご来店いただきありがとうございます」と館内放送が流れました。その友人は「このアナウンスはなんと言ってるんだ。訳してくれ」と。その店内にある喫茶店に入り、紙ナプキンを広げてペンで英語に訳していきましたが、これが本当に大変でした。「お足元のお悪い中」って、どう訳したらいいんだろうって(笑)。日本語を一つひとつ分解し、意味を整え直して、言葉をたくさん補わなければならない。翻訳の仕事もしますが、僕の場合はオリジナル作品のエッセンスを残しながら、僕の文体でアウトプットするという感じなので、それとはまったく逆。遊びとしてとても面白いんです。そんな遊びの本も、新しいものを間もなく出す予定です。

――雑誌や小説など出版の世界で活躍していますが、新聞という媒体をどう見ていますか。

 読むのに時間がかかりますが、その分、気持ちを集中しながら、その時起こっている様々なことを読む。たくさんの記事を見て興味が次々に移っていく。総合雑誌みたい。そこがいいんじゃないかな。

 幅広い人が読んでいるので影響力も大きいですね。今回の連載小説でも、多くの友人や周囲の人から、「読んでるよ」「新聞に書いているんだね」などと声をかけられました。電車で見知らぬ人に声をかけられたこともありました(笑)。

 本も執筆のために読んでいます。ちらっと読んだものがテーマになることもありますから。本は読まなければいけませんね。出版業界も今は厳しいですが、できるだけ紙の本にこだわってほしいですね。

   

――これまでの40年を振り返って考えることは。

 翻訳をはじめてから編集者にすすめられて作家になりました。あれから今年で40年ですが、基本は何も変わっていません。「ページを用意するから書いてくれ」というオーダーに応えて書いていたら40年経っていた。そういう意味では、私は作家という労働者で、僕は非常に勤勉な労働者だと思います。

 「豆大福と珈琲」は他に2本ほど短編を加えて一冊の長編にします。やはり子どもを軸にします。今回の連載で初めて子どもを中心に置いた作品を書きましたが、とてもイメージがふくらみますね。長編をどんな内容にするかは、今まさに考えている段階です。でも書き始めたら早いですよ。勤勉な労働者ですから。(笑)

片岡義男(かたおか・よしお)

作家

1939年東京生まれ。早稲田大学在学中から翻訳やコラムの執筆を始め、74年『白い波の荒野へ』で作家デビュー。75年『スローなブギにしてくれ』で野生時代新人賞を受賞。以降、小説、評論、エッセー、翻訳などの作家活動の他、写真家としても活躍。