「最高の広告は、広告ではない」 ブランドと消費者の「365日のコネクション」が重要

 欧米大手デジタルエージェンシーのAKQAが東京にオフィスを開設した。青山を拠点に本格始動する。チーフ・クリエーティブ・オフィサーのイナモト・レイ氏に、日本進出のねらい、AKQAの提案の特徴、自身の活動などについて語ってもらった。

グローバルブランドを日本へ、日本のブランドを世界へ

──東京オフィスを設立した理由は。どのくらいの規模で始めるのでしょうか。

 以前から海外市場でお付き合いのあるナイキと日産の仕事を、東京を拠点に展開していくタイミングとして今年がベストだと判断しました。多くの方から「市場が停滞しているのに、なぜ今の日本に来たのか」という質問をされるのですが(笑)、ナイキと日産というすばらしいクライアントに恵まれていたことと、海外でブランドを育みたいという日本企業のニーズの高まりも感じています。

 東京オフィスでは二つの活動を柱にしていきます。一つは、ナイキのようなグローバルブランドを日本市場で成功させること。もう一つは、日産のような日本のブランドをグローバルな舞台で成功させることです。海外で実績のあるエージェンシーとして役に立てることはたくさんあると思っています。また、個人的には、日本発の優れたクリエーティブを海外市場につなぐ懸け橋になれたらと考えています。
東京オフィスは現在15~20人程度で、東京採用と海外のオフィスの人材で展開しています。青山を拠点に活動を始めています。

イナモト・レイ氏 イナモト・レイ氏

──AKQAという会社をどのように定義しますか。

 「最高の広告は、広告ではない」。これは、AKQAの方針であり、僕の持論でもあります。欧米のマーケティングの世界では、長く「360度のコミュニケーション」ということが言われていました。新聞広告、テレビCM、屋外広告など、あらゆる既存メディアの活用を想定し、消費者を全方位から「囲い込む」ことを目指してきたわけです。しかし、今の時代は日々新しいメディアが誕生し、ツイッター、フェイスブック、ラインなど、コミュニケーションの舞台は無限に広がり、消費者を囲い込むなんて不可能です。そこで重要になってくるのは、一方的な「360のコミュニケーション」ではなく、「365日のコネクション」だと思っています。当社は、いわゆる「広告コミュニケーション」をプランニングするのではなく、ブランドと消費者との持続的なコネクションを提供する集団です。また社内では、「Useful」「Usable」「Delightful」という3つの言葉をよく使います。つまり、役に立っているのか、使いやすいか、ワクワクするか。アイデアを形にしていくときに常に問いかけていることです。

──グローバルブランドを日本で、日本のブランドを世界で成功させるために、今後どのようなことが必要だと思いますか。

 今の広告は、ブランドが売り出したい内容をストーリーで表現し、そのクリエーティビティーで勝負していますが、これからは、「Brand Story」(ブランドの物語)ではなく「Brand Behavior」(ブランドの態度)そのものがブランドを作る時代だと思っています。

 最近感心したのは、スウェーデン観光局が自国をPRするために展開したキャンペーン「Curators of Sweden」です。スウェーデンの一般市民に1週間、国の公式ツイッターアカウントを渡し、何でもツイートしていいという取り組みです。このキャンペーン中、ある一般市民が人種差別的な内容をツイートしたために批判が集中する事態となりました。でもスウェーデン観光局は「言論の自由」を守るため、市民から権利を取り上げませんでした。その「態度」がスウェーデンのブランド価値を高める結果となりました。

 どんなに美しいストーリーを提示しても、ソーシャルメディアを通してあらゆる情報が筒抜けになってしまう現在、「態度」が伴わなければブランド価値は高まらない。そういう示唆を与えてくれる取り組みだったと思います。

「Curator of Sweden」のホームページ(英語)
「Curator of Sweden」の反響を報じる米国テレビニュース(英語)

──最近のAKQAの仕事について聞かせてください。

 「365日のコネクション」を象徴する商品を一つ紹介すると、日本でこの11月に発売されたばかりのマイクロソフトの家庭用ゲーム機「Xbox 360」の専用ソフト「Nike+Kinect Training」です。頭のてっぺんから足のつま先まで、全身の動きを認識できる機械「Kinect」で運動能力などを測定し、それをもとにナイキのトレーナーがトレーニングメニューの作成と目標達成をサポートしてくれるプログラムです。ネットワークを介してトレーニング仲間を見つけたり、競争を楽しんだりもできます。

 この商品は、ナイキと共同開発しました。こうした「Business Invention」(ビジネス発明)も当社のサービスの特徴といえます。

──AKQAはデジタル領域を強みとしていますが、ちなみに「コピーライター」「アートディレクター」という肩書のスタッフはいるのでしょうか。

 コピーライターはいますが、仕事の領域は「言葉」に限られません。いろいろなチームを自由に行き来して、「アイデアをどう表現するか。その手段の一つとして言葉がある」というスタンスで仕事をしています。

 1960年代にアメリカの広告界の第一人者であるビル・バーンバックが「Art & Copy」という、アートディレクターとコピーライターをペアにしたチーム編成を編み出しました。これに対してAKQAは、アートに精通した人とテクノロジーに精通した人が組む「Art & Code」を重視しています。物語をつづった「脚本」を隠し持っているのが一昔前のコピーライターだとすれば、プロダクトのアイデアを隠し持っているのがAKQAのクリエーターです。

イナモト・レイ氏

イナモト・レイ氏

日本人の優れたクリエーティブを発信したい

──イナモトさんは、どうやってアイデアに確信を持つのでしょうか。

 直感です(笑)。それから、僕なりの流儀なのですが、「アイデアは140字で説明できなければいけない」と思っています。ツイッターのような少ない文字数ですね。欧米では「Elevator Pitch」という言葉もあります。優れたアイデアは、エレベーター内の立ち話でも伝えられるほど簡潔なものという意味で、様々な業界で使われています。結局、人間がある判断を下すときは、動物的な勘というか、突発的な感情によるところが大きいと思うんです。

 アイデアを長い間こねくり回して複雑にしたり、丁寧すぎるプレゼンテーションで相手を説得しようとしても、うまくいかないことのほうが多いんじゃないでしょうか。ましてや、目移りする情報がたくさんあって、人の集中力がどんどん短くなっている時代です。社内の若いスタッフにも「アイデアは140字以内で伝えてほしい」と言っています。

──冒頭で触れた「日本発の優れたクリエーティブを海外市場につなぐ懸け橋になりたい」について、詳しく聞かせてください。

 カンヌライオンズなど海外の広告賞の受賞作などを見ると、日本人クリエーターがいかに質の高い仕事をしているかがわかります。とくにデジタル分野とデザインの質が高く、世界でもトップレベルだと思います。

 AKQAでも全世界で十数人の日本人が働いていますが、社内で最高レベルの仕事をしている人ばかりです。ロンドンオフィスのナカデ・マサヤは600万回以上ダウンロードされた「Nike Women Training Club」というiPhoneのアプリを監督しました。トビタ・マヨは、英語がまったく話せない状態で渡米し、約1年の語学修行をしてから当社に入り、2010年にはサンフランシスコオフィスの350人の中で社員最優秀賞に輝きました。

 日本の最大の資源は日本人であり、日本の未来は「世界における創造」だと思っています。そう言うと、「言葉の壁が……」とためらう若者もいますが、先ほどのトビタ・マヨの例もありますし、僕自身も言葉の壁を乗り越えた一人です。言葉の壁というのは精神的な壁であって、パッションとアイデアがあれば、克服できるのです。

 僕は、スイスの高校を出た後、米国の大学で学びましたから、新卒当時、日常会話には困りませんでした。ただ、プレゼンテーションとなると、英語が母国語の人のようにはいきません。そこで、自分でも分かるレベルの英語でわざと簡単に説明するように心がけ始めました。それが逆によかったのでしょうか。先ほどの「アイデアは140字で」という話にも通じるのですが、言葉のシンプル化は、アイデアの鮮明化に通じました。弱みが強みになったんです。

 日本人のクリエーターの中には、自分で旅費を負担してカンヌライオンズを見に行く人もいますよね。他の国のクリエーターはそういうことをしません。こうしたクリエーティブにかける熱意、質の高い仕事ぶりを、ぜひ世界を舞台に発揮してほしいと思っています。

──イナモトさんは、米国ミシガン大学で美術とコンピューターサイエンスの学位を取られた後、東京でアートディレクターのタナカノリユキ氏の事務所に入られました。タナカノリユキさんのもとでは何を学びましたか。

 最も勉強になったのは、「領域にとらわれない」ということです。僕が働いていた当時、タナカノリユキさんは、インスタレーション、ミュージックビデオ、アルバムデザイン、ポスターデザイン、本のデザイン、商業施設のディスプレー、そして個人の芸術家活動など、多方面でクリエーティブな提案を続けていて、いわゆる「広告業界」の常識やルールとは別次元の活動をされていました。いま振り返ると、この業界に入る最初のきっかけがタナカノリユキさんの事務所で本当によかったと思います。

──最後に、デジタルを主体に活躍されている立場から、新聞をはじめとするオフラインメディアについての意見をお願いします。

 僕は、「メディア」を主眼にした物事の考え方が、もはや過去のものではないかと思っています。それよりも、「どういう情報を発信するか」という根本的なことを突き詰めていくべきではないかと。「どうやって情報を届けるか」ということも大切です。例えば、チラシの効果がなくなっていると聞きます。その解決策を「紙のチラシ」というメディアの部類で探すのではなく、例えば近所のお店の情報が自動的に目に入ってくるような新たな仕組みを開発して、365日消費者とつながり続ける。しかも消費者が楽しめる工夫をする。そういった発想を持てば、あらゆる情報発信源に未来はあると思います。

イナモト・レイ(稲本 零)

AKQA  チーフ・クリエーティブ・オフィサー/バイス・プレジデント

高校からスイスに留学。米国ミシガン大学卒。美術とコンピューターサイエンスを専攻。1996 年タナカノリユキのもとで活動開始。米国大手デジタルエージェンシーR/GA や、01 年、クリエーティブ・ユニットTronic Studioの設立を経て04 年欧米大手デジタルエージェンシーAKQAにグローバル・クリエーティブ・ディレクターとして入社。08 年チーフ・クリエーティブ・オフィサー。12年よりNY社の経営最高責任者も務める。
10 年日本人として初のカンヌ国際広告祭チタニウム・インテグレーテッド部門の審査員。12 年『Creativity』の「世界で最も影響のある50 人」に選出されるなど、世界を舞台に活躍しているクリエイティブ・ディレクター。12 年に「Advertising Hall of Achievement」に選ばれた他、世界的な賞を数多く受賞。ニューヨーク・アートディレクターズクラブ やクリオ広告祭審査では日本人初の委員長も務めた。現在ニューヨーク在住。

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AKQAが主催、運営するグローバルな学生向けのクリエイティブコンペ。「5年前には出来なかったアイディアを」というテーマで、毎年5組の最も優秀なアイディアがカンヌ国際クリエイティビティー・フェスティバルで発表される。
2005年から始まり今では1,000件以上の作品が40ヶ国から提出される。