カンヌライオンズは、「賞を獲る場」から「メタ・アイデアの場」へ

 世界最大のクリエーティブアワード「カンヌライオンズ 国際クリエイティビティ・フェスティバル2012」が、6月17日から1週間開催された。フィルム部門の審査員を務めたTBWA\HAKUHODOのエグゼクティブクリエイティブディレクター、佐藤カズー氏に、フィルム部門の審査やカンヌで体感したクリエーティブの潮流について語ってもらった。

フィルムとしての強いアイデアがあるのか?「根幹」を問うて臨んだシビアな審査

佐藤カズー氏 佐藤カズー氏

――フィルム部門の審査について聞かせてください。

 応募は約3,600作品。最初の3日間は、審査員 21人が3つのグループに分かれて約400本をロングリストに、4日目は全員で1作品ずつディスカッションを重ね約250本のショートリストに絞り込んでいきました。

 その中から、ゴールド、シルバー、ブロンズを決めていくわけですが、今回は各賞とも例年に比べて受賞作品が少なかった。というのも、実はかなり厳しく審査したのです。ほかの部門は賞をあげすぎているのでは、という疑問がフィルムの審査員の中にありました。「カンヌライオンズ」はクリエーティビティーの世界一の権威ですから、「すごくいい」くらいで簡単に賞をあげるのはどうか、と。数をしぼることが賞の価値を上げることにもつながるので、特にゴールドについては徹底的に審査員全員で議論を繰り返し、フィルムとしての力があって、強いアイデアを持つ作品のみを選びました。「カンヌライオンズ」という意味付けを自分たちの中で問いながら、心を鬼にして臨みましたね。

――ディスカッションではどんなことが論じられたのでしょうか。

 たとえば、「フォーマットとしては確かにフィルムだけど、これって結局アウトプットはイベントなんじゃないの?」「インタラクティブな仕組みだし、サイバーでは?」というように、フィルムとしてのストーリーテリングの強さが各作品にあるのか、といった根幹の議論をすることが多かったですね。そして、その根幹を持たない作品に賞をあげていたら「部門」の意味がなくなるだろう、という意思統一が図られました。一方でカルチャルコンテクストには思ったより寛容で、それぞれの国の文化的背景などをしっかり説明することで、評価を上げた作品もあった。結果的にフィルム部門は、審査員がしっかり理解し、気持ちを一つにして評価した作品のみがそろったという自信があります。

――グランプリ作品の評価を聞かせてください。

 メキシコのファストフードチェーン「チポートレ」の長編CM「Back to the start」がグランプリを受賞しました。この作品が評価されたポイントは、「社会をよくしていくための強いメッセージ」です。

 牛や豚を放牧していた農夫が、やがて工場での大量生産をするようになるが、ある日それらを全部ひっくり返して以前の自然で安心な牧畜に原点回帰していくというストーリーが、コマ撮りのアニメーションで描かれます。もともとチポートレは、放牧して自由に育ったオーガニックな牛や豚の肉を使う、エコフレンドリーでサステナブルなやり方を重んじてきた企業。この作品で描かれているのは、同社の強いステートメントであるのはもちろん、原料を機械的に大量生産する食品業界への強いメッセージでもあり、このフィルムを通じて社会をよりよくするための可能性がある。それが、僕ら審査員がこの作品をグランプリに選んだ理由です。

 グランプリ作品は、多くの人の目に触れ、業界に対して新しい動きを作るという責任を負います。そういう意味では、「ゴールドの中のゴールド」ではなく、「グランプリたるグランプリ」でなければならない――。繰り返すディスカッションを通じて、審査員全員の気持ちがそうした方向に向かって行き、最後は満場一致で決まりました。

 個人的には、フィルムの最後に出てくる「cultivate a better world」という言葉がすごくいいな、と思いました。cultivate=耕すという行為は、今あるものを壊さなければならない。開墾して更地にしてゼロからスタートする。よりよい社会にしていくために、現状を思い切って壊していかないといけない。このタグラインには非常に強い力を感じました。

 この作品は、BGMに流れている曲をウェブサイトで購入すると、同社と提携する農場の環境整備に金額の一部が寄付されます。またサイト上では様々なコンテンツがあり、インテグレーテッドなキャンペーンをしているのですが、そうした「その他」は一切考慮せず、純粋なフィルム作品として評価しました。この点でも、フィルム部門のカテゴリーの意味というのを真摯(しんし)にとらえ、「カンヌライオンズ全体を俯瞰(ふかん)する」という僕ら審査員の姿勢が表れていると思います。

――フィルム部門全体の傾向や潮流のようなものはありましたか。

 審査を終えて感じた、いわば結果論なのですが、受賞したほとんどの作品には「拡散する力」があった。ものすごく強くて新しいインサイトの切り口があったり、フィルムの新しい形を作り出していたり、世の中を良くするような、あるいは国を元気にするような強いメッセージ性を持っていたりして、人々がどんどんシェアしたくなる。そんな力です。

 これまではカンヌに参加すると、世界中の色々な作品に出合えて新鮮な驚きにあふれていたのですが、今年は見たことのある作品がほとんどでした。フェイスブックなどのソーシャルメディアを通じて、カンヌ審査の前に自然と僕の手元に届いていたからです。今年は、本当にソーシャルメディアの影響力を強く感じました。フィルム部門に限った話ではなく、カンヌライオンズ全体がそういう潮流に間違いなく向かっていたと思います。

 そうした拡散力のある作品が賞を獲るということは、そこに「民意」が反映されていたのではないかと感じます。審査員の目で選んでみたものの、受賞作を俯瞰すると民意と審査員の総意がうまく合致した結果になっていたように思うのです。つまりそれは、審査員が「本当にいい」と感じたものと、人々によってシェアされているもののレベルがイコールということ。すばらしいことですし、本当におもしろい時代になりました。

言語に頼らないクリエーティブ(ノンバーバル)で 世界中の人に「いいね」と言わせたい

――今回の審査員の経験を通じ、世界のクリエーティブの潮流をどのように感じましたか。また、クリエーターとして今後目指していく方向性は。

佐藤カズー氏

 まず、カンヌライオンズが、「クリエーターの授賞式」から、「誰もに開かれたメタ・アイデアの場(アイデアの源泉)」となる傾向が強まったと感じます。プロダクト開発でブランドストーリーを伝えていく「NIKE+ FUEL BAND」の作品(※)のようにアイデアの伝え方もより広がってきている中、ストーリーを伝える手法としてなぜフィルムを選ぶのか?ということを強く意識していかないといけない気がします。
(※Cyber Lions とTitanium and Integrated Lionsの2部門でグランプリ受賞。NIKE+ FUEL BANDは、軽量でファッショナブルな、運動活動計測のリストバンド)

 フィルムに関して言うと、今年呈された基準は「拡散する力」。ストーリーテリングする上で、生活者の気持ちの、どこのホットボタンを押せば拡散につながるのか?そこをもっとグローバルな視点で考えて行くべき。ソーシャルメディアの影響力がますます大きくなることを考えると、全世界の人たちに「LIKE IT!」と共感してもらえるようなクリエーティブを目指すべきだろう、と。よりノンバーバルな表現を意識しなければならないと考えています。

 それからクリエーティブが、コピーライター、アートディレクター、デジタルプランナーといった、いわゆるクリエーターだけのものではなくなったな、とも感じます。制作環境もぐっと便利になり、アカウントだって、メディアマンだって、あるいはクライアントだって、やろうと思えば僕らに頼らずにクリエーティブを形にできる時代ですしね。作品のレベルも上がってきているし、より競争が激化しているので、気合を入れ直さなきゃなぁと思います。

 それともう一点、「クライアントから受注して“広告”を作る」という従来の流れから脱却していかないと、広告が魅力的な産業として発展していくのが難しいんじゃないでしょうか。僕たち自身、クリエーティブというものをもっと広い視野でとらえ、世の中が便利になるような何か新しいモノを発明したり、プラットフォームを構築してみたりといった動きを、もっと加速させていっていいのではないかと思っています。

 競争相手が増えるのはもちろん脅威ではありますが、僕自身はすごく楽しみです。カンヌに関しても「カンヌねらい」とか「カンヌっぽいでしょ」とかで作品を作る時代は終わりました。どんな時でも世界中の人たちを意識し、「いいね」と拡散してもらえるようなクリエーティブを、これからもっともっと生み出していきたいです。

佐藤カズー(さとう・かずー)

TBWA\HAKUHODO エグゼクティブクリエイティブディレクター

ソニー・ミュージックエンタテインメントを経て、2010年9月からTBWA\HAKUHODO入社。ノンバーバル&メディアの枠を超えたビッグアイデアで、カンヌ国際広告祭(現カンヌライオンズ 国際クリエイティビティ・フェスティバル)金獅子賞をはじめ、100を超える国内外の賞をこれまでに受賞。また広告にとどまらず、CDジャケットデザイン、ミュージックビデオやコンサート演出なども手がけている。