アニメーションのポテンシャルを活用して、新たなコミュニケーション手法を生み出す

 「アニメーションのクリエーティブ&マーケティングノウハウを用いたコミュニケーションコンサルティング」。スティーブンスティーブンは今までにない新しい観点と手法を駆使し、クライアントの課題解決に挑んでいる。「攻殻機動隊S.A.C.」「東のエデン」などの作品で知られるアニメーション映画監督の神山健治氏と共にCEOを務める古田彰一氏に、会社設立の経緯やアニメーションとコミュニケーションビジネスを掛け合わせるメリットなどを聞いた。

古田彰一氏 古田彰一氏

――会社設立のきっかけを教えてください。

 もともと、僕は神山健治というアニメーション監督のファンでした。「攻殻機動隊S.A.C.」シリーズなどが大好きで、いつか直接お会いして話してみたいと思っていたんです。実際に神山監督と知り合ったのは、会社を設立する1年前の2010年3月ごろ。きっかけはツイッターで、相互フォローでやりとりしているうちに親しくなりました。

 神山監督も僕も、業界は違いますがクリエーター同士。だからこそ、わかり合えることが多かったんです。そこに石井プロデューサーも加わって、次第に「一緒にタッグを組むことで、お互いの業界が直面している課題が突破できそうだよね」と話すようになり、半年くらい経ったころから会社設立に向けて動きだしていきました。

――アニメーション映画監督と共にCEOを務めることについて

 会社設立にあたり、神山監督は、アニメーション映画監督である自分が会社活動に携わる、しかも経営者になることについて、ファンはどう感じるかと心配していました。実際には発表後、ファンからは「会社を作ることは神山さんらしい」という賛同の声が多く寄せられたんです。世の中の組織を変える、社会的におかしな部分をただしていくという作品性から、「神山監督は映画とは別の新しいやり方で、世の中の問題を克服しようとしている」とファンに好意的に解釈されたのだと思います。

――広告とアニメーションを絡ませることで、どのような可能性があるとお考えですか? 

 2つの意義があると思っています。ひとつは表現技巧、つまりアウトプットのクリエーティブノウハウを生かせること。もう一つはアニメーションが持っているファンマーケティングのノウハウを応用できることです。アニメーションが持つトライブ(ファン層)は独自の発信力とマーケットを有しています。その潜在力についてはこれまであまり研究されておらず、何かに応用されたこともなかったのです。

 そもそも、アニメーション業界と広告業界では「お客様」のとらえ方が違います。広告業界はお客様を「顧客」として捉えています。生活者にモノを購入してもらったり、サービスを享受してもらったりすることがゴール。一方、映画業界のお客様は映画を見てくれるファン、すなわち「観客」です。
ひとりの人間が「顧客」になったり「観客」になったりする。本来シームレスであるべきことが、業界ごとの都合や解釈によって「顧客」と「観客」に分断されて扱われているんです。これらを統合したときに、新しい発想が生まれるのではないか、と考えました。

 2つの産業を単純に重ね合わせるのではなく、ひとりの「人」として向き合い、コミュニケーションを一から考える。「それを真面目にやろうとする人は、実は世界のどこにもいないじゃないか。だったら、僕らが最初にやってみよう」というところから始まりました。

――事例を紹介してもらえますか。

 今秋に公開される神山監督の最新作『009 RE:CYBORG』の映画広告を手がけていますが、まずは様式化された映画の宣伝手法を見直すことから始めました。そして掲げたスローガンが「1万時間の映画」です。

 1万時間は、ほぼ1年間に相当します。一般的な映画の宣伝期間は公開前の1カ月や2週間という短期集中型なので、それを1年前から宣伝しましょうというわけです。そうすることによって、やるべきことが変わってくるし、自動的に新しい取り組みが生まれてくるだろうと。実際、昨年の秋から『009 RE:CYBORG』の宣伝を始めています。

今秋公開の『009 RE:CYBORG』

『009 RE:CYBORG』
『009 RE:CYBORG』
『009 RE:CYBORG』

――1年前から宣伝を始めたことで、どのような取り組みが生まれましたか?

 遠足に行く前のワクワク感も「遠足の楽しみ」の一つ。映画でも同様に、見る前の時間を含めて楽しむ「1万時間の映画体験」となる何かを発信していこうと考えました。スタッフサービスのウェブキャンペーンはその事例の一つです。

 映画では「サイボーグ003」として出演するフランソワーズ・アルヌールが、スタッフサービスと広告契約を結んだという設定。たとえば、映画に出演している役者がバラエティー番組に出演していたりすると、その人物の新たな側面が見えて、親近感を持てたりしますよね。それをアニメのキャラクターでやってみようと試みたのです。

 これまで、映画監督が企画段階から広告に携わることはほとんどなかったと思います。あとから演出家として起用されて、監督の世界観をにじませるCMしかなかった。けれども、このCMは神山監督や石井プロデューサーと企画から一緒に考えていきました。

――映画監督と共にCMを制作したことで新たな気づきなどはありましたか?

 アニメーションは、単純に人間の動作一つとっても、様々な要素を高度に組み合わせて表現しています。たとえば、003が登場するスタッフサービスのCMでは、胸に下げている社員証の動きにまで目配りされており、その躍動的な動きがキャラクター全体の動きまでイキイキさせています。こうしたノウハウが、アニメーションにはぎっしり詰まっていることがわかります。もうオーバークオリティーといっていいほど心血が注がれていますね。

――アニメーション映画である『009 RE:CYBORG』の予告編を実写で制作したことも話題になりました。

 アニメーション映画と聞いただけで「自分には関係ない分野」だと心にシャッターを下ろす人たちは相当数いると思います。予告CMを実写にすることで「洋画のように見てもらってOKなアニメーション映画なんですよ」というメッセージを投げかけするのが狙いです。実写のディレクターをサポートに加え、スティーブンスティーブンとのコンビネーションプレーで制作しました。アニメーションのノウハウを実写で使うとどうなるか、という試みでもあります。

――最後に、今後の展望など聞かせてください。

 まだ具体的なお話ができませんが、進行中の案件がいくつもあります。そもそも、これまでが日本のアニメーションのポテンシャルに対する評価が低すぎたと思われます。ひと昔前は「アニメは子どものもの」、次の世代では「アニメはオタクのもの」と言われてきた。しかし最近のアニメはもはやサブカルチャーではなくて立派なカルチャー。しかも、海外では今なお評価が上がり続けています。

 今までも、キャラクターをシンボルとして広告に使用することや、企業がアニメーション映画に出資するという枠組みはありました。それらと僕らの取り組みとの大きな違いは、アニメーションに秘められた価値や可能性を顕在化させ、それらを企業の課題解決に応用しようとしているところ。神山健治監督とタッグを組み、企業の課題に真剣に向き合い、解決方法を導きだしていく。それがスティーブンスティーブンの神髄だと考えています。

スティーブン・スティーブン 古田彰一氏

スティーブン・スティーブン 古田彰一氏

古田彰一(ふるた・しょういち)

株式会社スティーブンスティーブン 代表取締役社長/博報堂クリエイティブディレクター

1967年富山県生まれ。早稲田大学卒業。91年博報堂に入社、コピーライターとして制作局配属。その後クリエイティブディレクターとして数々の大型キャンペーンを手がける。TCC賞、ニューヨークADC賞他受賞多数。2011年4月アニメーション監督の神山健治氏と、アニメーションのノウハウを活用してブランドコンサルティングを行う新会社スティーブンスティーブンを設立。現在は、この秋に公開される同監督の新作『009 RE:CYBORG』と連動した業務を展開中。