ガラスのオブジェと光を組み合わせたインスタレーションなどの作品を国内外で発表している、ガラスアーティストの青木美歌氏。光が当たることで神秘的な光を放つガラスのオブジェのモチーフは、菌類や細胞などの原始的な生命体だ。ガラスという素材を用いて「生命の在りよう(ありよう)」という大きなテーマで作品を制作し続ける青木氏に近況を聞いた。
見えるようで見えない、見えないようで見える
──2017年1月~2月の展覧会「青木美歌『あなたに続く森』The Forest That Leads To You」では、植物のライフサイクルをモチーフに“生命の繋がり(つながり)”を表現されています。
めしべやおしべ、花粉など植物のライフサイクルをモチーフにしたガラスのオブジェと光を組み合わせた作品約50点を展示しました。展覧会に向けて作った新しい作品の中で一番気に入っているのが、小さな気泡を含んだ透明なガラスの球体をリング状に連ねた「Transmigration」、輪廻(りんね)という意味の作品です。生命は原始的な細胞から今の私にまで脈々とつながっています。そんな「生命の在りよう」を表現できたら、と思ってこれまで作品を制作してきました。「Transmigration」は、今回の展覧会を象徴する作品だと思っています。
眠くなったり、おなかがすいたり……。私は自分が生きていることが、今でもとてもおもしろく不思議なことと感じています。菌類やウイルス、細胞などミクロな世界に存在している原始的な生命体もやはり不思議でとても興味があります。食べ物に突然カビが生えて驚くことがありますが、私たちには見えていなかっただけで、そこには、はじめから目に見えない何かが存在していたということ。いつも目に見えている世界が全てのような気がしてしまいますが、自分が感じている世界はごく一部なのだと思った時に、それより外側の世界を織り交ぜたような光景を見てみたいと思い、ミクロのモチーフを制作するようになりました。
──ガラスという素材に出合ったのは大学時代だそうですが、素材としてどのようなところが魅力なのですか。
入学して初めての実習でガラスを使った作品を作ったのですが、そのときにこれがやりたいと閃(ひらめ)きました。ガラスは高温で熱すると、とろとろに溶け出し、温度が下がるとだんだん固まってきます。固体と液体の間を自由に行き来する性質がとてもおもしろく感じられました。もう一つ、いつの瞬間も割れてしまうかもしれない危うさを内包しているところにもひかれました。実は初めて作品の講評を受けるという大事な日の朝、気合が入り過ぎていたのか転んで作品を割ってしまったのです。が、その衝撃でガラスという素材が私には、より一層魅力的に映るようになりました。
たとえば、透明なガラスのコップをテーブルに置いたとき、私たちはガラスそのものを見ているのではなくて、光の反射や表面の指紋、中に入った飲み物の色でそこにガラスのコップがあると認識しています。目に見えるようでいて見えない、でも確かにそこには存在している。そんなガラスの特長が「生命の在りよう」を表現するにはぴったりではないかと思ってきたのです。
──ガラスを使った作品づくりのどんなところに醍醐味(だいごみ)を感じますか。
ガラスは作り方しだいでいろんな形になるため、自分が思い描く形を作るにはテクニックが必要です。今回の展覧会に展示している「Transmigration」といくつかの立体は吹きガラスの技法を使っていますが、それ以外のオブジェはバーナーワークという技法で作っています。両手に持ったチューブやガラス棒を用いて、卓上のバーナーで溶かしながら作品を作っていくのですが、ガラスは800℃くらいの高温で熱すると、とろとろに溶けてくるため液体と固体の中間のような状態になります。温度によって溶け具合や伸び具合もさまざま。その間に自分の思い描いている形になった瞬間を捉(とら)えなければなりません。その一瞬を逃さないよう火とガラスと私が溶け合うくらいに集中しながら制作しています。大変な作業ですが私にとっては楽しい時間ですね。自分では気づきませんでしたが、ガラス制作をし始めた頃はとにかく楽しくて、にやにや笑いながら作業をしていたみたいです(笑)。
私自身が見たい空間を自分の手で創りたい
──どのような子ども時代を過ごしてきましたか。
子どもの頃からとにかく絵を描くのが好きでずっと描いていました。美大を受験する頃には、立体作品の制作にも興味を覚えるようになっていました。そして、大学で出合った素材がガラスだったのです。
私が作品を作る際に使うガラスは常に透明で色はつけていません。なぜなら、生命には色がないように感じるからです。その点については、子ども時代を北海道で過ごしたことが影響している部分もあるような気がしています。私が住んでいたのは札幌市の中でもすぐ近くには山があるような場所でした。学校から一人で帰る途中、薄墨色の空から突然白いものがふわふわと舞い落ちてきたり、暗闇の中で街灯に照らされ美しく浮かび上がる雪景色を目にしたり。雪や氷を日常的に目にしながら育った影響は、私の作品の中にも強く反映されていると思います。
大学在学中は劇団で舞台美術に携わったり、役者として芝居という表現に挑戦したりしていました。その時に知ったのが照明の重要性であり、光の効果です。ガラスを美しく見せるには光は欠かせません。インスタレーションなどの作品は照明のプロの方の力を借りて完成させるようにしています。
──2013年から英国・ロンドンへ留学していますが、今後の作品づくりにどのような影響が出そうですか。
あの2年間で一番変わったところは、いろいろな素材に興味を持つようになったことです。思い思いの手法で伸びやかに創作する外国のアーティストたちを目の当たりにするうちに、もっと自由に創作すればいいんだと思うようになりました。
これからはガラスだけではなく、他の素材や技法を合わせることで表現の幅を広げていきたいと思っています。
ガラスアーティスト
東京都生まれ。4歳から19歳までを北海道札幌市で過ごす。2006年、武蔵野美術大学工芸工業デザイン科ガラス専攻卒業。以後、国内外のギャラリーで作品を展示発表。08年、第11回岡本太郎現代芸術賞展入選。13年から文化庁新進芸術家海外研修制度にて英国へ留学。15年、Royal College of Art/Ceramics and Glassコース修士課程修了。現在、東京都中央区のポーラ ミュージアム アネックスにて、展覧会「青木美歌『あなたに続く森』The Forest That Leads To You」を開催中(~2月26日) http://www.mikaaoki.jp/