自分の得意分野を伸ばしメディアを限定せず活躍する

 広告業界で活躍する傍ら、バイラルメディア「街角のクリエイティブ」を2015年に立ちあげ、編集長も務めているクリエーティブディレクターの西島知宏氏。「JK用語で『鶴の恩返し』を読んでみた」という西島氏の記事はSNSで拡散され話題となり、電通時代に見いだした企画術を基に書き下ろした著書『思考のスイッチ』は大ヒット。あらゆるメディアで注目を集めている。

評価された広告を分類して自分なりの公式を作った

──広告業界に入ったきっかけは。

西島知宏氏

 理工系の大学院に進学し、漠然とIT業界で働こうと思っていました。しかし、入学後のオリエンテーションでクラスメートの「使っているOSはWindows以外です」という自己紹介を聞いて、カルチャーショックを受けました。お恥ずかしい話なのですが当時、私はWindowsしか使ったことがなく、その言葉によって自分が全否定された気がしたのです。一方で負けず嫌いだったので、就職先は理工系とは関係のない業界を選び、ゼロからやり直そうと決めました。

 企画を考える仕事がなんとなく向いているような気がして、最初はテレビ局を受けました。局長面接まで進み、シュールな内容のバラエティー番組の企画を自主的に考え、面接でプレゼンしたところ「君はテレビ局をなめてんのか」と激怒されたんです。怖いもの知らずだったので、つい「今の視聴者はこういうものを求めています」と言い返しましたが、不採用になってしまいました。

 これからどうしようか考えていたとき、たまたま誘われて行った飲み会に広告会社で働いている先輩がいました。そのとき初めて広告業界のことや、クリエーティブの仕事について知ったのです。そして電通を受けてみることにしました。

──電通に入社し、クリエーティブ局に配属されました。

 就職活動では他の学生が作れないようなユーザーインターフェースとコンテンツにこだわって取り組んでいました。例えば、自己PRシートひとつとっても「創刊号 西島知宏」という雑誌を作り、様々な角度から自分の切り口を作りアピールしていました。ポジティブなこと、ネガティブなこと含め、コンテンツ力を高めることにより、ひとつの読み物としてポジティブな読後感を残せるよう工夫していました。

 電通の内定が決まってから、宣伝会議が主催するコピーライター養成講座を受講しました。毎回課題を提出して講評してもらうのですが、ここでもまず「評価されるコピーとは」という方法論を自分の中で突き詰め、それに課題を当てはめてアウトプットしていました。結果、ほめていただくことが多かったように思います。

──新人の頃からコピーライターとして活躍し、広告賞も数多く受賞されています。

 入社1年目は電通の「アドミュージアム」に通い、これまで広告賞を受賞したテレビCMやポスターなどの中から「自分が好きだと思う作品」を選び出して分類していました。30個ほどに分類したものから公式を抽出して、自分の課題に当てはめて考える作業を続けていました。そうやって仕事をしていたら次第に賞をいただくようになりました。

 入社2年目以降は、自分でクライアントも開拓していきました。その一つが、私の出身地の奈良県にあるイタリアンレストランの新聞広告です。新聞という媒体じゃないとできない表現を考えようと思い、テレビ欄の下の広告枠にテレビ番組を否定するコピーを書き、レストランでの外食を促す企画を考案しました。

 2006年には奈良新聞の企業広告として、全15段広告を1年シリーズで制作しました。ここでも新聞ならではの広告を意識して取り組み、「その日にしかできない表現」をテーマに「敬老の日」や「沖縄返還の日」「貯蓄の日」など、毎日ある何かしらの記念日にまつわる啓発広告シリーズを展開しました。

──入社してから4年で独立しました。

 4年しか働いていないのに、やり遂げた気がしたんです。それが勘違いだったと、辞めてすぐに気づきました(笑)。ただ、コピーに関しては自信があったので、独立してもなんとかなるだろうと思ったのです。

 最初の1年間は、自分1人で仕事をしていました。営業はせず、知り合いの広告会社の人から仕事をいただいたり、広告賞の受賞作を見て直接電話をいただいたりしました。自分のブログに独立したことを書いていたので、それを見たという初対面の方から仕事を依頼されたこともありました。社員を雇用したのは、2年目から。デジタル系のクリエーターを採用し、マスだけでなくデジタル関連の仕事を増やしていきました。

どんな表現がヒットするか自分のメディアで検証する

──2015年1月にバイラルメディア「街角のクリエイティブ」を立ちあげ、「JK用語で『鶴の恩返し』を読んでみた」という西島さんの記事はインターネットで話題となりました。

街角のクリエイティブ

 2007年に独立した頃から、「コミュニケーションデザイン」や「統合キャンペーン」というキーワードが広告業界で出始めました。かつてはマス広告が中心で、アートディレクターとコピーライターが主体となって広告を作っていましたが、いつしかPR出身、プロモーション出身の人が予算の主軸を握るケースも増えてきた。そうした流れから「コピーライターもこのままじゃ食べていけなくなるんじゃないか」という危機感がありました。

 そのとき、大学院で「使っているOSはWindows以外です」と聞いたときの衝撃がよみがえり、自分の得意分野を伸ばさないとダメだと思いました。自分の強みは、言葉を書くこと。書く力を生かす方法として思いついたのが、テキストコンテンツを主体とした媒体を作ることでした。

 また、自分が作った広告をシェアできる1次メディアが欲しかったというのもあります。10年前に比べて情報量は500倍になっているとも言われ、PRにお金をかけないと広告が見過ごされてしまいます。そこで、自分が手掛けた広告がシェアされていく土台となる1次メディアを作ろうと思いました。それが「街角のクリエイティブ」です。2015年、世界中のクリエーティブなモノ・コトを紹介するメディアとしてスタートしました。

 しかし、思ったほどPVが伸びませんでした。話題作りが必要だったので「JK用語で『鶴の恩返し』を読んでみた」という記事を自ら書いてアップしたところ、狙いどおりSNSで拡散されたんです。「街角のクリエイティブ」の知名度を高めるきっかけになりました。

 今年の1月ごろから、読者登録の多い人気ブロガーやツイッターで10万人くらいフォロワーがいるインフルエンサーに、ライターとして記事を書いてもらっています。声をかける基準は、私が面白いと思う文章を書いていること。彼らに記事を書いてもらうようになって、新しい読者層にも見てもらえるようになりました。1カ月にアップするコンテンツは、60から70くらい。広告収入でまかなっていて、開設以降ずっと黒字。月間100万PVを超えてからは記事広告の依頼も増加しています。

JINS「Life is what you see」

──ベストセラーになった著書『思考のスイッチ』も話題です。

 「JK用語で『鶴の恩返し』を読んでみた」という記事を見たという出版社の方から連絡があり、本を作ることになりました。電通時代に考えた約30個の公式を整理し、編集者のアドバイスを基に思考術の本としてまとめました。思考法の公式は全部で11個。最近手掛けたメガネブランド「JINS」のウェブムービーは、メガネに人生のモーメントが映りこむ内容。これはメガネだけに限定して驚きを与える「限定術」という公式をもとに制作しました。

──新聞や新聞広告に対するご意見を聞かせてください。

 新聞紙を2次利用したり、新聞というメディアそのものを再定義すると、新聞や新聞広告のあり方も変わってくるのではないでしょうか。例えば、ヨーロッパの鮮魚小売店が魚を釣った当日の新聞で、魚を包んで売る「THE DAILY CATCH」というキャンペーンを実施しました。これは新聞の持つ「日付」という機能を「鮮度を証明するツール」として2次利用した事例です。また、新聞社ということで考えると、他の業界に比べ「安心感」や「信頼性」という競争優位性があるので、保育園の経営や地元企業の経営支援など、社会問題にプレーヤーとして介入し、マネタイズしていくような展開も考えられると思います。

──最後に広告業界で働く若手クリエーターに向けて、メッセージをお願いします。

 自分の得意分野を広告に限定せず、業界の外に広げたら何ができそうか考えてみたらいいと思います。例えば、コピーライターをテキストコンテンツを作るプロと考えれば、オリジナルのテキストコンテンツを作ったり、小説を書いたり、脚本を書いたりする。絵がうまいアートディレクターはグラフィック作品や漫画を、ツイッターやインスタグラムにどんどんアップして、個人のファンを増やす。そうやって広告文脈を無視した可能性に目を向け、実行することで自分の価値を高めたり、再確認できたり、広告の仕事に良い影響を与えたりできると思います。

 広告業界で働くクリエーターは、乱暴に言うと学歴があって就活に成功した人たちです。学歴や就活を無視して、日本で一番クリエーティブかと言われたら分からない。もし、コピーライターが全員「言葉のプロ」なら、ツイートがバズりまくって、フォロワーが何万人もいるはずですが、そうはなっていない。つまり今後、広告マンがガチンコでネット上のクリエーターとコンテンツのできを競って、勝てる保証なんてないわけです。

 だから、日頃からネットの荒波で自分の実力を研磨する必要がある。手っ取り早いのは、自分でメディアを持つことです。ソーシャルメディアでもいいので、自分から情報を発信して、ウケるウケないを見極めて、自分だけの勝ちパターンを作る。それこそが今、表現を仕事にしていく上で、特に重要なことではないかと思います。会社の看板がないと仕事ができないというリスクは、今後ますます高まっていくでしょうから。「街角のクリエイティブ」は、それを検証している場でもあります。

SUBARU「MINICAR GO ROUND」

msh「Love Drawing」

西島知宏(にしじま・ともひろ)

BASE クリエーティブディレクター

早稲田大学大学院修了後、2003年電通入社、クリエーティブ局配属。2007年電通を退社し、クリエイティブブティック「BASE」を設立。月間104万PVのデジタルメディア「街角のクリエイティブ」編集長。著書『思考のスイッチ』は、Amazonビジネス書「ビジネス企画ランキング」で1位を獲得。2016年11月韓国版も発売。ニューヨークフェスティバル、スパイクスアジア、アドフェスト、TCC賞など国内外で複数の広告賞受賞歴を持つ。