表現者として追究したい、これからの映像体験

 今年3月にアメリカで開催された、世界最大のクリエイティブビジネスの祭典「SXSW2017」にも展示され、HMD(ヘッドマウントディスプレイ)を使わない新しいVR体験装置として注目を集めた「8K:VR Ride」。その基盤となる半球状スクリーン映像システム「WV Sphere 5.2」を開発したのはエンジニアではない。オペラやコンサートの演出も手がけるアートディレクターの田村吾郎氏である。

隣に座る家族や恋人、仲間と共有できる映像体験を

──田村さんが開発した映像システム「WV Sphere 5.2」の特徴を教えてください。

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 最大の特徴は、映像を映し出すスクリーンが幅5.2m、高さ3.4m、奥行き2.6mの半球状だということです。

 私たちが普段自分の目で景色やモノを見る時と同じように、中心視野も周辺視野も使えるようにするにはどうしたらよいかを考えた結果、たどり着いたのがスクリーンを半球状にすることでした。これによってまず視野全域をカバーすることができます。その結果、人間の空間認知メカニズムに近い経験が得られるようになり、何かにすれ違うときの気配やスピード感がより身体的に感じられる、空間的な映像表現が可能になりました。

 HMDを装着して映像を楽しむ場合、横を向けば横が見えると言われていますが、実は首を傾けただけであって常に中央視野を使って見ていることになります。つまり、周辺視野という知覚的な効果を使ってはいません。視覚という人間の知覚のメカニズムを逆算して空間を体験できるようなものを作ろうとしたら、必然的に半球状のスクリーンを使った映像システムになりました。

──半球状スクリーンを使った映像システムは他にもありますか。

田村吾郎氏

 はい、球体の映像システムを設置しているところは国内外にあります。僕自身、10年ほど前にアメリカの遊園地へ視察に行きました。その時に気づいたのは、どこかに据え置くタイプの映像体験施設はその場に行ける人でなければ楽しめないということ。だったら、どこにでも運べる映像システムを作れば、よりいろんな人が楽しめるものになると思いました。

 「WV Sphere 5.2」は、解体すると4tトラック1台分とコンパクトに収まり、3時間半で組み立てることができます。海でも山でも、小学校でも商業施設でも、どこへでも持ち運べるので、いろんな人にVR体験を提供することが可能です。これが「WV Sphere 5.2」の2つ目の特徴です。

──HMDを装着しないと、どのような映像体験が可能になるのですか。

 装着した瞬間に1人の世界に入るHMDに対し、隣に座る家族や恋人、仲間と一緒に「体験の共有」ができます。たとえば、友だち3~4人とVRを観に行ったとき、その映像をバラバラに楽しむよりも、みんなで一緒に楽しめる方がいいですよね。重たいHMDを長時間装着し続ける負担は誰にとっても小さくありません。メイクや髪形が気になる女性ならなおさらでしょう。HMDを装着せずに映像体験ができるなら、13歳以下の子どもたちを含めてより多くの人がストレスなしで楽しめます。

 テクノロジーの進化で映像はどんどん高解像度化し、ウェアラブルなものが増えていますが、本来人間が欲しているのはどんな体験なのか……。そういう視点に立ち返ってこれからの映像表現を考えることが、技術者ではなく表現者である僕の役割だと思っています。

一見バラバラでもすべての仕事はつながっている

──そもそもなぜ、映像システムの開発をすることになったのですか。

WV Sphere 5.2

 10年ほど前、東京藝術大学で助手をやっていた頃に、「空を飛んでいるような映像体験ができる装置を開発できそうな人はいないか」という話があり、当時すでに映像を使った空間演出を行っていた僕に声が掛かりました。大学の理工学部に声が掛かるような依頼が藝大に舞い込んだということは、技術的なことよりも感覚的なもの、人間の持っている感覚にいかにフィットしたものにするかという部分を期待されている仕事なのではないかと考え、「やります!」と答えました。

 僕を紹介してくれた教授と知り合ったのは、その前の年くらいに開催された東京藝術大学120周年記念のアートイベントがきっかけでした。丸ビルの吹き抜けに大きな映像を使った動くバナーを作る案を、僕が提案から実現まで手がけたことから、それまで交流のなかった学内の人たちとの交流が生まれ、音楽学部の公演の映像演出をやるようになっていました。自分の興味のおもむくままやっていたことが人との出会いにつながり、その結果「WV Sphere 5.2」の開発を手がけることになったと思っています。

──アートディレクターのイメージにとらわれることなく、さまざまな仕事をしています。

 僕の仕事は「舞台やコンサートの演出」「企業や個人のブランディング」「教育・文化活動」「プロモーションやデザインの仕事」そして「開発系の仕事」と、だいたい5つに分けられると思います。一見バラバラに見えるかもしれませんが、目的や技術的なアプローチの方法はすべてつながっています。

 表現のためには、余計なものは削ぎ落として純化させた方がいいという考え方もありますが、僕はむしろ逆だと考えています。人間はみんなそれぞれ固有の、さまざまな興味を持っているはずです。それらをどうやって自分の中で関連付けて、同化させ、広げていくか──というのが、僕の活動に通底するテーマといえるかもしれません。

──田村さんご自身のこれからの展望を聞かせてください。

 どんどんどんどん、自分の好きなことを仕事にしていきたいですね。僕はアートディレクターですが、音楽も美術も好きだし、写真や映像、自動車や飛行機やロケットも、また最先端のデジタル技術や職人的な手仕事、大都市も地方も、いろんなことが好きです。どれかひとつに絞ろうとは全くしようとしていませんし、したくない。それよりも、新しく興味を持ったものを、自分が持っているこれまでのリソースやテクノロジー、表現の方法を使っていかにひとつにしていけるか。それが僕のライフワークだと思っています。

「SXSW2017」での展示風景

田村 吾郎(たむら・ごろう)

アートディレクター・RamAir.LLC代表

1979年群馬県生まれ。2002年東京藝術大学美術学部デザイン科卒業。07年同大学大学院美術研究科博士後期課程修了。08年にアーティスト集団RamAir.LLCを設立、プロモーションやブランディング、デザインの仕事をはじめ舞台・コンサートの演出、教育・文化活動、映像装置の開発など多彩に活躍する。現在、東京工科大学デザイン学部専任講師。

 ※「WV Sphere 5.2」をベースにした「8K:VR Ride featuring “Tokyo Victory”」が、10月27日~29日「DIGITAL CONTENT EXPO 2017」(東京都江東区)にて一般公開される。詳細は、https://www.dcexpo.jp/ まで。