2010年に博報堂から独立し、フリーランスのコピーライターとして活躍しているこやま淳子さん。プラン・インターナショナル・ジャパンの「Because I am a Girl」キャンペーンの広告コピー「13歳で結婚。14歳で出産。恋は、まだ知らない。」は代表作の一つ。女性をターゲットとした広告のコピーをはじめ、商品のネーミングなど数多くの仕事を手掛けている。注目の女性クリエーターの一人だ。
文章を書く技術を磨き 職人として成功を目指す
──コピーライターになったきっかけは。
大学では、東南アジアの学生と交流する国際交流のサークルに熱中し、将来のことはあまり考えず、留年しました。大手企業に就職するのは無理だと思い、ようやく自分は何がやりたいのか真剣に考えました。
そのとき、会社員と職人という二つの選択肢が思い浮かびました。職に就きながら技を磨いていけば成功できるかもしれないし、それなりに楽しく生きられるのではないかと思いました。私はもともと飽きっぽい性格なのですが、ものを書くことはずっと好きでした。それで、文章を書く技術を磨いて職人のように生きていこうと、編集プロダクションに就職しました。
その会社は、出版物だけではなく広告も制作していたので、ライターとして働きながら、コピーライターの仕事もしました。しかし、コピーの書き方が全く分からなかったので、書いたものを上司に見せると全然だめだと直されてばかりでした。どこがどうだめなのか、なぜ、このコピーが選ばれるのか、理由が分かりませんでした。そして、入社2年目に宣伝会議の「コピーライター養成講座」に通うことにしました。
当初は、編集やライターの仕事を極めていくつもりでした。しかし、コピーについて勉強するうちに、コピーライターの仕事に興味がわいてきました。広告業界は、今自分がいる世界よりも広く、色々なことができる可能性があると思い、広告会社にコピーライターとして転職しました。その後博報堂を経て、2010年に独立しました。
──着実にステップアップしていますが、コピーライターとして仕事をする上で心掛けていることは。
課題をよく知ることだと思います。一番大事にしていることは、クライアントとの対話です。できるだけオリエンには参加し、広告に求められていることや商品の魅力など、クライアントの生の言葉を聞くようにしています。そのプロセスを広告会社の営業がやってくれることもあるのですが、間に誰かが入って要約すると、クライアントの魂のようなものが伝わらず、ヒントも少なくなってしまいます。そうすると、コピーにも私の気持ちが入りにくい。コピーは、あくまでも企業の言葉ですが、書き手の気持ち入らないと、伝わるものにならないと思っています。
──ターニングポイントとなった仕事は。
プラン・インターナショナル・ジャパンの「Because I am a Girl」キャンペーンは、印象深い仕事の一つです。学生の頃、国際交流をしていたので、インド人の友人もいたし、インドの女性問題に関心を持っていました。就職してからは遠ざかってしまいましたが、同キャンペーンを手掛けることになり、当時の記憶がありありとよみがえってきました。半分くらいを自分の問題のような感覚で取り組み、かなり思いを込めた仕事でした。
プラン・インターナショナル・ジャパン「Because I am a Girl」146KB
「13歳で結婚。14歳で出産。恋は、まだ知らない。」というコピーは、途上国の女の子たちが抱える問題の一つ「早すぎる結婚と出産」がテーマです。単に「女の子がひどい目にあっている」とストレートに表現しても、自分とは関係のない遠い国の話だと思われてしまいます。そこで、クライアントと相談し、「恋」という言葉を入れることで「自分たちと同じ女の子の問題だ」と関心を持ってもらう作戦にでました。
このコピーが世の中に出たとき、SNS上では「先進国が途上国の文化に口出しするべきじゃない」「40代で独身の日本女性の方が不幸」などといった否定的な意見があがっていました。それを見た時、この広告は取り下げられるかもしれないと覚悟したのですが、クライアントは「どれも正当に反論できることだから大丈夫。話題になって議論されるのは、素通りされるよりもいいことだと思う」と言ってくれました。結果的には多くの人に評価してもらい、途上国の女の子たちの問題について関心を寄せてもらう機会になったのではないかと思っています。
このとき、自分の中で一皮むけたような感覚がありました。否定的な意見を恐れると、みんなに愛されようとしてしまう。しかし、本当に伝わる強いメッセージをつくることのほうが大事なのではないか、と考えるようになりました。
女性クリエーターのニーズは高まっている
──女性向けの広告や商品のネーミングなど、数多く手掛けています。
最近は、以前に比べて、クライアントが女性のコピーライターやデザイナーを求めることが多くなってきたように思います。世の中の機運が変わってきたことを実感しています。
男性のコピーライターでも女性の気持ちを上手に表現する人はたくさんいます。また、自分が女性だからといって、決して私が女性代表だとは思っていません。あくまでも、女性だから感じることを抽出し、できるだけ意見が偏らないように心掛けて、分からないまま想像だけで書かないようにしています。幅広い世代の女性と話す機会を持つと、若い人は「テレビを見ない」とか「やる気がない」とか、世間一般で言われていることにも、実際に話をしてみると、それは人によって違うことが分かります。感覚的なことでも、私と同じだと思うこともあります。そういった発見や確認をすることで、自信を持ってコピーを書くことができるのです。
コピーライターの仕事は、演劇に似ているような気がします。役者が役作りをするように、コピーライターも商品を売る人や購入する人の気持ちに憑依(ひょうい)しないと書けないことがあるからです。そのために商品を買ったり、使ったり、売り場に行ったり、自分で実感したり、共感したりすることが必要だと思います。
江戸川学園おおたかの森専門学校
江戸川学園おおたかの森専門学校
──新聞広告の活用方法について、聞かせてください。
社会的なメッセージを世の中に発信するとき、ふさわしい媒体だと思います。新聞は社会的なメディアだからこそ、議論になるようなテーマを真面目すぎず、ユーモアを持って、ちょっと刺激的に世の中に投げかけたらインパクトが強いはずです。たとえばセクハラや働き方改革などの問題は、新聞で提起すると、より真剣にとらえられ、重みを持った話題になるのではないかと思います。
──コピーライターの仕事のだいごみは。
商品が売れたり、クライアントが喜んでくれたり、数人でも「あのコピー、よかったよ」と言ってもらえたりすると、コピーライターの仕事をやっていてよかったと心から思うことができる。それがあるから続けられます。ただ、頑張りすぎないようにはしています。頑張りすぎるとつらくなり、つらいコピーしか書けなくなるからです。
現在、興味があるのは、「Because I am a Girl」のような、社会的なメッセージを伝える仕事です。2010年に手掛けたTOHOシネマズ・ママズクラブシアターの仕事は、その一つ。 TOHOシネマズでは、赤ちゃん連れでも周囲に気兼ねすることなく映画が楽しめる、「ママズクラブシアター」という上映回があります。世間では、赤ちゃん連れで映画に行くことの是非が分かれるので、みんなを納得させるために、より多くの人に「いい取り組みだ」と賛同してもらう必要がありました。広告のメインターゲットは小さな子供を持つ親ですが、「ママが映画館に通える国ってすてきでしょ?」というコピーにすることで、社会全体に向けたメッセージになったと思います。今までの価値をいい方向にちょっとでも変えることができたらうれしいですし、それがコピーライターの仕事の楽しさの一つです。
──最後に若手クリエーターに向けてメッセージをお願いします。
20年以上、コピーライターとして働いていますが、今でも自分で思っていたより評価されなくて、落ち込んだりすることはあります。しかし、結局は次の仕事を頑張るしかありません。これまで小さな挫折は、何度も経験してきました。高校受験で第一志望に受からず、大学受験も一浪しましたが、頑張って勉強した結果、希望の大学に入学することができました。就職も、留年した後に入った会社で何もわからずスタートし、焦りもありましたが、今はとても楽しく仕事できています。こうした経験から、たとえ出遅れたと思っても、やめてしまわずに続けてさえいれば、いつか追いつけるものです。時間をかければ、必ず挽回(ばんかい)できると信じています。
コピーライター・クリエイティブディレクター
早稲田大学卒業後、博報堂などを経て独立。女性の共感を集める広告制作を手がける一方、西洋美術をわかりやすく解説する『ヘンタイ美術館』や、ポジティブな老後を考える「QORC」など広告以外の活動も幅広く行う。最近の仕事に、NHK、ワコール、カゴメ、大正製薬、プラン・ジャパンなど。著書に『ヘンタイ美術館』『しあわせまでの深呼吸』『choo choo日和』シリーズ。TCC会員。