「社会と分かち合える価値の創造」というビジョンを掲げ、エネルギー、情報・通信、モビリティ、医・食、インフラなど多岐にわたるビジネスを展開する三菱ガス化学。新たな取り組みなどについて、代表取締役社長の倉井敏磨氏に聞いた。
──経営方針について聞かせてください。
当社は、製品の90%以上を自社技術で製造しています。これらの技術は、フラットな社風から生まれています。新入社員でも知識や技術が高ければ意見が尊重され、責任ある現場を任される。研究開発の現場にいた私自身、実感してきたことです。この社風は変えたくないと思っています。
ただ、自社技術にこだわり過ぎると、イノベーションのスピードが停滞する懸念もあります。そこで、「持続的な成長を実現するために、従来の枠にとらわれず新事業の創出を目指す」という意味を込めて「社会と分かち合える価値の創造」というグループビジョンを掲げ、「新規事業開発部」も設置しました。オープンイノベーションなどを含め、新しい取り組みを進めていきたいと考えています。
──堅調な分野と成長分野、それぞれの取り組みは。
地球環境に優しいエネルギーとして注目を集める天然ガスを原料として、メタノール、アンモニア、その誘導体である様々な有機化学品を生み出しています。これらは、プラスチック、塗料、合成繊維、接着剤、人工皮革、農薬、肥料などの原料として使われています。汎用(はんよう)製品として、日々の生活のあらゆるところを支えている分野です。いかに環境にやさしく、コストを安く、安全に生産・提供できるかを、ロジスティクスを含めて日々追求しています。
成長分野で言えば、機能材料のニーズが拡大しています。製品は、スマートフォンのレンズなどに用いる高機能樹脂、液晶用フィルムなど様々。これらは技術を求める企業と一緒に開発していくソリューション型のビジネスで、ますます伸びると見ています。堅調な分野と成長分野、どちらかに偏ることなく2本柱で市場拡大を目指しています。
──新たに注力していきたい分野は。
汎用品の分野はどうしても市況変動の影響を受けやすく、一方、機能材料は製品革命などで突然ニーズがなくなる可能性がある。そこで市場が安定している医・食の分野の拡大にも注力していきます。
──2019年春に完全人工光型植物工場を福島県白河市に建設予定です。そのねらいは。
市況変動や市場の変化に影響されにくい分野の成長を目指す中で、工場野菜生産事業に参入することになりました。化学品の製造プロセスで培った環境制御のノウハウや、半導体のクリーンルーム技術などを活用して効率的に運営し、省資源で持続可能な農業に挑戦します。
──「社会と分かち合える価値の創造」というビジョンは、SDGs(持続可能な開発目標)の概念にも通じます。
全事業の特性を見つめ直すいい機会と捉え、SDGs「17の目標」(国連広報センターHP)に合致する部門の可能性を改めて探っています。例えば、2017年4月、「高屈折率・低複屈折特殊ポリカーボネート樹脂の開発」により、新技術開発財団の「第49回市村産業賞 本賞」を受賞しました。産業分野の進展への貢献・功績に与えられる賞です。本技術は、スマートフォンやタブレットに搭載されるカメラレンズなどに使用される、特殊ポリカーボネート樹脂の開発に関するもので、車載カメラ、ゲーム機、医療デバイスなど、様々な用途への展開が期待されています。「17の目標」に照らすと、目標9の「産業と技術革新の基盤をつくろう」にひもづけることができると思います。また、肥料や農薬は、目標1の「貧困をなくそう」や目標2の「飢餓をゼロに」に関わってきます。いい目標が定められたので、ビジネスにつなげていけたらと思います。
──研究職出身ということが、経営にどのように影響していますか。
研究職を通じてつくづく実感したのは、同じことを研究している人が世界中にいて、誰もが同じことを考えついているということ。そこで大事になってくるのが開発のスピードです。このことは常に心にとめています。
──研究者の醍醐味は。
予測できないことに遭遇できることですね。私は、機能化学品の分野で過酸化水素の応用研究にあたり、主にヒドラジンという薬品の開発を担当していました。ゴムなどの発泡剤の原料として使われ、例えば、自動車のドアや窓ガラスから雨やほこりが侵入するのを防ぐウェザーストリップという部品などに製品が生かされています。
三重の四日市工場に新プラントを建設する仕事にも携わりました。フラスコスケールといって容量の少ない研究からスタートし、製造プラントになる前のパイロットスケール、さらには本プラントの建設や運転まで、一貫して関わることができたのは幸せでした。研究所の仲間、設計者、メンテナンス員、運転員、誰ひとり欠けても立ち行かない共同作業で、この仕事を通じてチームワークの大切さを実感しました。プラントは今も安全に稼働しています。
──リーダーとして、社員によく語ることは。
自分の携わっている仕事でいくらの利益を得ているのか、自分がいくらの給料をもらっているのか。その兼ね合いによって社内での声の大きさが変わってくるよね、ということをよく言っています(笑)。社員一人ひとりがやりがいをもって楽しく働くことができて、目標達成のためにチーム力を発揮できるような職場環境を目指しています。
──愛読書は。
私は新潟県出身なので、上杉謙信や山本五十六など、県ゆかりの偉人伝を様々読みました。幕末に長岡藩を率いた河井継之助の生涯を描いた『峠』は、初読ではそのリーダーシップに感服したのですが、組織を率いる立場での再読では「組織を壊してしまった人」という部分に関心がいきました。そうした心境の変化も読書の面白さです。
三菱ガス化学 代表取締役社長
1952年新潟県生まれ。75年東北大学工学部卒。同年三菱ガス化学入社。94年インドネシアPIP社出向。研究開発部門出身で、長く機能化学品カンパニーに携わる。2013年6月から現職。
※朝日新聞に連載している、企業・団体等のリーダーにおすすめの本を聞く広告特集「リーダーたちの本棚」に、倉井敏磨氏が登場しました。
(全国版掲載。各本社版で、日付が異なる場合があります)
広告特集「リーダーたちの本棚」Vol.107(2018年3月22日付朝刊 東京本社版)1.4MB
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