「Focus Areaアプローチ」により価値創造を促進

 アステラス製薬が、研究体制の改革を通じて新たな創薬に取り組んでいる。改革の旗振り役を担い、昨年4月に代表取締役社長CEOに就任した安川健司氏に聞いた。

──今後数年内に複数の主力製品が特許切れを迎えることが、就任当初から経営課題でした。

アステラス製薬 代表取締役社長CEO 安川健司氏安川健司氏

 特許期間の満了によるパテントクリフ(業績への影響)を乗り越え、再び会社を成長軌道に乗せること、そして革新的な医療ソリューションを継続的に生み出し、患者さんに届けていくことが、経営のバトンを託された私の使命です。

 ご存じの通り創薬の世界は、基礎研究や臨床試験、承認審査といった長い道のりを経て、はじめて製品の発売に至ります。そしてその製品は、いずれは特許切れを迎える運命にあります。特許が切れると低価格なジェネリック医薬品との競争になりますが、医療費抑制の観点から国家レベルでジェネリック医薬品の使用が奨励される現状があります。また、特許切れを迎える前に強力なライバル製品が現れ、自社製品が短命に終わることもあります。こうしたことから、どれだけ健全で有望なパイプライン(新薬候補)を持っているかが、製薬会社の存続のカギを握ります。

 2012年、現会長の畑中好彦が社長に就任した翌年に、私は経営戦略担当役員を任されました。当時は、我々が得意とする疾患領域で競争優位を築くというビジネスモデルを採用していました。2005年の合併以降推進していたモデルで、このモデルのもと幾つもの画期的な製品が生まれました。しかし、次第に既存品を超えるものが生まれにくくなってもなお同じ領域に固執し、新たな挑戦が阻まれるという状況に陥っていました。イノベーションを継続的に創り出しアステラスが今後も持続的成長を遂げるには、次なるビジネスモデルへ進化させるべきと判断し、経営戦略担当役員として改革に着手しました。

 そして2015年に新たなビジネスモデルを発表し、入り口を狭くして特定分野を追求する従来の発想から、入口を広くして多面的な視点から創薬に取り組む「Focus Area」の考えに舵(かじ)を切りました。「Focus Area」は、一つの技術の成功によって多くの成果を派生させる(これを私は「芋づる式」と呼んでいます)ことが期待できるビジネスモデルと考えています。

 畑中からバトンを渡された時は、こうした取り組みをさらに推進し、持続的成長を実現してほしいという思いを受け止めました。昨年の社長就任とともに新たなビジネスモデルを反映した新中期経営計画「経営計画2018」を公表しました。「製品価値の最大化とオペレーションの質の向上」「Focus Areaアプローチによる価値創造」「医療用医薬品事業で培った強みと異分野の技術やナレッジを融合させた製品・サービスへの挑戦」という3つの戦略目標を掲げ、持続的な成長につながる事業基盤の構築が進んでいます。

 研究開発においては、「Focus Area」の考えのもと新たなアセットの創出に着手しました。中でも、再生のしくみと細胞技術を組み合わせた、細胞医療への取り組みに力を入れています。まずは眼科疾患をターゲットに研究開発が行われており、その一部は既に研究段階を経て開発段階に入っています。

──新たなビジョンに向け、社内改革はどのように進めましたか。

アステラス製薬 代表取締役社長CEO 安川健司氏

 当社の社員は国内外合わせて約1万7,000人を数えます。これだけの人数に企業の新たなビジョンを浸透させるためにはどうしたらいいか。トライ&エラーをやっている猶予はないと考え、リーダーシップ論の第一人者であるジョン・コッターが提唱する「変革のための8段階のプロセス」(①危機意識を高める→②変革推進チームをつくる→③ビジョンと戦略を生み出す→④ビジョンを周知徹底する→⑤社員の自発を促す→⑥短期的成果を実現する→⑦成果を生かしてさらなる変革を推進する→⑧変革を企業文化に定着させる)を地道に実践しました。

──研究開発の進行状況や今後の細胞医療の展開は。

 失明リスクがある後眼部の疾患はアンメットメディカルニーズが高く、現在、萎縮型加齢黄斑変性やスターガルト病を対象疾患として、臨床試験を開始する予定です。同時に、細胞医療の商業化を見据え、生産設備などの整備も進めています。

 今後は、細胞医療への取り組みを、眼科疾患以外にも展開していきます。他の疾患領域への展開にあたっては、細胞を移植した際の拒絶反応の抑制が課題となりますが、この課題を解決するために、昨年ユニバーサルセルズ社を買収しました。幹細胞基盤技術を有するAIRM(アステラスが米バイオベンチャー・オカタセラピューティクスInc.を買収した後、2016年に設立したアステラスの子会社)を再生医療や細胞医療研究の国際的な拠点として、細胞医療の対象を広げていきます。

──リーダーとして心がけていることは。

 改革をいっぺんに成し遂げるのはなかなか難しい。一般論ですが、社員を10人とすると、2人は改革に賛成し、6人は日和見、残る2人は反対するなどと言われます。まずは2人の改革派に小さなミッションを与え、その成功を6人に見せて賛同につなげ、8割を味方につける。そのような意識で改革に取り組んでいます。

 リーダーとしてやるべきことは、できるだけ詳細な青写真を描き、改革の手をゆるめないこと。「経営計画2018」に基づき、いくつもの挑戦が着々と進んでおり、確かな手ごたえを感じています。

──愛読書は。

 製薬会社を率いるうえでは、幅広い医療知識が求められます。そこで、専門書でもなく一般書でもない「中間の書」を意識的に読むようにしています。『ミトコンドリアが進化を決めた』『エピジェネティクス革命』『CRISPR(クリスパー)究極の遺伝子編集技術の発見』『マイクロバイオームの世界』といった本です。

安川健司(やすかわ・けんじ)

アステラス製薬 代表取締役社長CEO

1960年東京生まれ。86年東京大学大学院農学系研究科修了。同年アステラス製薬入社(旧・山之内製薬)。長く臨床開発に携わった後、経営戦略担当役員を経て、2017年副社長。18年4月から現職。薬学博士。

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(全国版掲載。各本社版で、日付が異なる場合があります)

広告特集「リーダーたちの本棚」Vol.118(2019年3月19日付朝刊 東京本社版)1.4MB


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