英国人気ナンバー1の番組がBBCから他局に移動で大騒ぎ

「グレート・ブリティッシュ・ベイクオフ」 「グレート・ブリティッシュ・ベイクオフ」

 BBC One(イギリスの公共放送局「BBC」のメインチャンネル)で2010年から放送されている「グレート・ブリティッシュ・ベイクオフ」(以下「ベイクオフ」)は、一般人による製パン・製菓コンテスト番組だ。年に一度、全11回のシリーズで放送される。平均視聴率は英国内で常にトップで、インディペンデント紙によると約1.1千万人が視聴しているという。この数は英国でテレビを視聴している人の約半数という計算だ。

 その優勝者や上位者は、その後開業して成功者となる場合も多く、国民的番組といっても過言ではない。そんな人気番組が、今シーズンいっぱいでBBCでの放送を終え、2018年から「チャンネル4」で放送されることが決まった。チャンネル4は、英国の放送法上では公共放送だが、日本の民放と同じくコマーシャルの広告収入で成り立っている。

 この移動のニュースは、新聞の一面を飾ったほど、国民は衝撃を受けた。番組を制作していたラブプロダクションが、BBCとの料金交渉に納得がいかなかったことで今回の移動劇があったと言われ、9月24日付のテレグラフ紙が発表した数字によると、年間で2,500万ポンド、日本円で約31億円での買収だった。

 BBCというと他局とは違う特別な思いを持つ英国人も多く、そのほとんどの人がとてもショックを受けているそうだ。番組がなくなるわけではないのに、それほどにまで落胆してしまうのは、出演者も同様のようだ。

 審査員である料理研究家のメアリー・ベリー、セレブシェフであるポール・ハリウッド、司会進行をつとめる女性コメディアン二人組のうち、ポールのみがチャンネル4での番組残留を受けた。メアリーは番組に残ることよりもBBCに残ることは自分にとって自然なことだと話しており、ショックを受けている視聴者のことを憂えているとも語っている。番組のファンはメアリーのファンが多く、チャンネル4はかなりの金額でオファーを出したと言われている。実際ポールは、年間のシリーズで40万ポンド(5千万円)と、BBCからもらっていた10万ポンドの4倍の金額でオファーを受けた、と9月22日付のサン紙で報道されている。また、自身のブランドの商品化などを想定すると、年間350万ポンド(4.3億円)もの収入が見込まれるとされ、これを受けることも納得できる。

  視聴者の気持ちとは裏腹に、この話でがぜん盛り上がっているのが広告業界である。この強力なコンテンツを商品化できるまたとないチャンスが訪れたのだ。現在のスポンサー料の最高価格は、「ITV」という放送局で放送されている歌のオーディション番組「Xファクター」の冠スポンサーである通信会社のTALKTALKが支払っている1千万ポンド(12.5億円)だが、「ベイクオフ」はそれと同額以上は見込めると予測されている。といっても、「Xファクター」は、今年は1シリーズで計24回放送される予定だが、「ベイクオフ」はたった11回である。放送回数は半分以下にもかかわらず、スポンサー収入はそれ以上の見込みだというから、この番組の市場価値の高さがうかがえる。

「テスコ」 「テスコ」

 それほどに人々の関心を引き寄せる本番組、便乗キャンペーンをしたくてもできなかったのがようやく解禁になるということだ。しかし今年、すでに量販店のテスコが関連したキャンペーンを行い、成功した事例にも注目が集まった。

 「ベイクオフ」は、パイ、ビスケットなど毎週テーマが決まっているが、テスコはそれを事前に予測し、番組のスタート時間に合わせてテスコ公式ツイッターでその週のテーマのテスコオリジナルレシピを動画で見られるように設定した。また、ハッシュタグ「#BakeOn」 で一般消費者から自作のケーキなどの投稿も集めた(テスコ作成の動画参照)。番組最終回の日は240万回もコンテンツが再生され、その数は本家の番組のツイッターを超えてしまった。彼らのキャッチコピーである、「Every little helps」の強化のために行った同キャンペーンで、結果的に「テスコは役に立つブランドである」という評価を7ポイントも上昇することに成功したという。番組名を一切出さないギリギリのところで行った賢い事例である。

 さて、チャンネル4での放送は2018年スタート。それまでにどのような競争が繰り広げられるのか楽しみではあるが、下手をすると視聴者離れにもつながるかもしれない。応募者の質が落ちて結果的に求心力のない番組になることも懸念されている。BBCが「ベイクオフ」にかわる番組を制作しないとも限らない。広告営業の立場と視聴者の立場でそれぞれ興味深く観察していきたい。

(朝日新聞社 メディアビジネス局 ロンドン駐在 金井 文)