ヨーロッパで生活していると、東京は眠らない街なのだとつくづく感じる。コンビニの24時間営業は当たり前、仮に終電を逃してもファミレスやカラオケボックスで過ごすことができる。ヨーロッパでは珍しく、日曜もお店が営業しているここロンドンでも、夜は「眠る」街である。パブというと遅くまで営業しているイメージかもしれないが、大概は23時には閉店してしまう。アルコールの提供の規制があり、23時以降は許可を得た店だけが営業できるためだ。たまに遅くまで飲むこともあるビジネスピープルも、明け方まで時間をつぶすところもなく、タクシーでおのおの帰宅するのが常だ。いや、常だった、というべきか。というのも以前このコラムで紹介した、「ナイトチューブ」(地下鉄夜間運行)のサービスが、約一年の交渉期間を経て8月19日からいよいよスタートしたのだ。
今回、金曜と土曜限定で24時間運行を開始したのは、ロンドンの東西、南北をカバーするヴィクトリア線とセントラル線。このエリアには、劇場街やオフィス街だけでなく住宅街も広く含まれている。もともと5路線を予定していたはずだが、やはり一筋縄ではいかず、まずは2路線でのスタートになったようだ。
マクドナルドは、早速、対象沿線にある24時間営業のお店が一目でわかるマップをツイッター上で公開した。多くの店が23時で閉店してしまう中、深夜でも営業しているのは、ケバブ(牛肉や羊肉をピタパンなどで挟んだもの)やフライドチキンを売る店。マクドナルドもこの客層を狙いにいくとみられる。
日本のコンビニのような業態ではないものの、大手スーパーマーケットの小規模店舗などで深夜営業をしているところもある。最大手のテスコは、通常の店舗を試験的に24時間営業にするなどして、ナイトチューブによる売り上げへの影響を見るという。該当の店舗では、金曜と土曜の早朝の3時から7時にかけて無料でミネラルウォーターを配布するキャンペーンを実施した。
ナイトチューブが開始された日に、駅構内や電車内のステッカーが話題になった。広告業界でインターンシップをしている二人組の学生が作成したもので、「スタンションポール(つかみ棒)ではポールダンスをしないで」「優先座席-ケバブを食べている人かビール腹の人、または立っていることが不可能な人用」「注意!酔っぱらっているときあなたは同じことを何度も繰り返して言っています」などと書かれている。もともと貼ってある地下鉄のマナー広告や警告のすぐ横に貼っているので、思わず笑ってしまう。著名ブロガーなどの紹介もあり、たちまち評判となった。24時間運転の開始に合わせて4時間かけて200枚以上を貼っていったという二人は、「ナイトチューブに乗っている人々をくすっと笑わせたかった」というが、実はこれはゲリラ的に勝手に貼ったもの。過去にも彼らは地下鉄車内にステッカーを貼ってロンドン交通警察から注意を受けていたが、規制は日中走る地下鉄に適用されるものであり、深夜には適用されない、という言い分で実行したとか。今回も交通警察が「落書きは清掃費や修理費用もかかり、許されるものではない」とコメントを出したものの、ステッカーは簡単にはがせてあとも残らないし、誰のことも傷つけるものではないと余裕の二人だ。
今回の公共交通機関の新サービスによって、影響を受けそうなタクシー配車サービスのUber(ウーバー)は、ポジティブなコメントを発表している。ナイトチューブを利用する際、外出先から最寄りの駅までが遠い、自宅近くの駅までは帰れたものの家までは遠いなどという場合に、Uberを利用する機会が増えると予想されるからだそうだ。
結果的に最初の2晩で約10万人の乗客が利用し、特に事故もなくこの新サービスは成功したという評価のようだ。ただ、ガーディアン紙が紹介していた「24時間運行はありがたいけれど、その前に行くところを探さないといけない」というロンドン在住の人のコメントが現状を表している。深夜営業の店がまだ少ない中で開始したこのサービス、残業文化も日本に比べ少ない中、どう利用者が増えていくのか。ロンドンは眠らない街に変わるのだろうか。
(朝日新聞社 メディアビジネス局 ロンドン駐在 金井 文)