ブラックキャブと個人タクシーの切磋琢磨(せっさたくま)

 日本でも一昨年からタクシーの配車サービスをスタートしているUber(ウーバー)。ここロンドンでのシェアは、ついにブラックキャブを追い越してしまった。ロンドンには、ブラックキャブやミニキャブ(ハイヤー会社も含む)があり、そこにUberが参入してきた。

 以前こちらのコラムでもご紹介したことがあるが、ブラックキャブとは、ロンドンの名物とも言われる黒塗りのタクシーである。アメリカのイエローキャブとは名前こそ似ているが、そのサービスの質や信頼度は非常に高い。ブラックキャブは、ハックニーキャリアッジという会社が運営しており、現在ロンドン市内で約21,000台が登録されている。ドライバーになるための試験は非常に難しく、平均で2年から4年ほど勉強しないと合格できないといわれているほどだ。どんなマイナーな路地を伝えても、迷うことなく連れて行ってくれるのにはいつも感心する。また、バスレーンを走ることが許されているため、混雑時には非常に助かる。難点は、クレジットカードが使えない車がほとんどで、十分に現金を準備して乗車しなければならないことだ。

ミニキャブの窓口 ミニキャブの窓口

 ミニキャブは、街中や駅前にある窓口に行ってタクシーを配車してもらうシステムだ。窓口で行き先を伝えて、料金交渉で折り合いがつけば乗車できる。夜の繁華街近くの窓口は、ネオンが点灯していて少しあやしげな雰囲気のところもある。しかし、交渉次第でブラックキャブよりも安い料金で利用できることもあり、利用している人は少なくない。

 Uberは、ロンドンでは2012年にサービスを開始し、最初は高級路線から始まった。ハイヤーのような位置づけで運用したものの、うまく軌道に乗らなかった。その後「UberX」という安価なサービスをスタートし、そこから爆発的に普及していった。現在ロンドンでの登録車数は約3万台。日本と違い広まりやすかった点は、英国では日本でいう白タク、つまり自家用車での有償送迎が法律的に可能であるため、タクシー会社と提携することなく、参入できたことだ。また、日本では「安さ」よりも「便利さ」を売りにしているが、こちらでは圧倒的に「安さ」で勝負している。ブラックキャブと比較すると、料金は半額程度だ。ドライバーの雇用にあたっても、ミニキャブは会社が50%のコミッションをとるのに対し、Uberは25%に抑えていることから、ミニキャブからUberへのドライバーの流出は続いた。

左から「Uber」「Karhoo」のアプリ画面 左から「Uber」「Karhoo」のアプリ画面

 ブラックキャブの正確さやUberの便利さに比べると、ミニキャブの利点を見つけられないかもしれない。Uberの進出で最もダメージを受けているのがミニキャブと言われている。そこで登場したのが、「Karhoo」というサービスだ。アプリをダウンロードするとUberとよく似た画面が出てきて、現在自分のいる場所周辺の空車状況や、各社による待ち時間と料金の比較ができるようになっている。ちなみに会社から同じ目的地を入力してUberと比べてみたところ、ミニキャブは最も早い車で6分後に到着、料金は7.5ポンド。対してUberは、3分後に到着し、料金は5~7ポンドと表示される。一瞬Uberの方が良いように思うが、気をつけたいのが、Uberは時に道を間違えたり、混雑具合で目安の料金通りにはいかないことがあることだ。そのため、5~7ポンドとざっくりした目安になっていて、実際の支払いは10ポンド、ということもあり得る。その点ミニキャブは定額料金のため、いくら混雑していて時間がかかったとしても、7.5ポンド以上は請求されることはない。こちらも事前にカード情報を登録しているため、現金での支払いは必要ない。

ブラックキャブの車内広告 ブラックキャブの車内広告

 ブラックキャブは、安全性や信頼性をアピールする広告を車内に掲出し始めた。涙を流す女性の写真とともに、「ただ、家に帰りたかっただけ」というコピーと、「ミニキャブでリスクをとらないで。ミニキャブのドライバーによるレイプや性的暴行は、ロンドン市内で昨年154件もありました。少なくともそのうちの32件はUberのドライバーによるものです。」と書かれてある。確かに、取引先の女性が、夜は怖いから絶対にブラックキャブに乗る、と言っていたのを思い出した。言われてみると、道もあまり知らないようなドライバーに、自宅の場所を知られるのはあまり気持ちの良いものではない。

 対するUberはすぐに対策を講じた。アプリを起動した際、「安全チェックリスト」という画面が出てきて、携帯の画面にある登録番号と実際のドライバーの登録番号を確認しましょう、ETAサービス(到着予定時刻の共有サービス)を使って友人に自分の走行ルートをシェアしましょう、ドライバーがTFL(ロンドン交通局)によるプライベートハイヤー認定のバッジをつけているか確認しましょう、などと書いてある。ETAサービスに関しては初めて知ったが、家族や友人に知らせておくと何かあったときには間違いなく役に立つだろう。また、同社はドライバーの採用の際に、犯罪履歴の確認も徹底しているとアピールしている。

 さらにUberは、すでに次を見越した動きをしている。新しいサービス「UberEATS」をスタートさせた。これは、自分の居場所に近いお店や人気のお店を検索し、宅配をオーダーできるサービスだ。宅配サービスをやっていないレストランと提携し、ドライバーが料理を運ぶ仕組みだ。今後は宅配サービス専門の会社との競争も激しくなりそうだ。

 ロンドンでは、救急車がなかなか来ないというのは有名な話。医療機関との連携などいろいろな可能性が考えられるこのUberのサービス、これから需要は増す一方だろう。ブラックキャブのドライバーがほぼ白人であることに対し、Uberのドライバーの8割以上が移民のイスラム教徒である。5月にロンドン市長に選ばれたサディク・カーン氏は初めてのイスラム教徒の市長だ。過去の市長たちのように伝統を守っていこうという姿勢に変化があるのでは、とブラックキャブのドライバーも戦々恐々なのかもしれない。

(朝日新聞社 メディアビジネス局 ロンドン駐在 金井 文)