2016年、英国で30年ぶりに紙の新聞が創刊

「NEW DAY」創刊号<br />(公式ツイッターより) 「NEW DAY」創刊号
(公式ツイッターより)

 2月29日、「NEW DAY」という新しい新聞が英国に誕生した。ウェブサイトすらない、紙とフェイスブック、ツイッターのみという、今どき新しいスタイルともいえるメディアが生まれたのだ。折しも、全国紙のインディペンデント紙が3月末を持って紙の新聞の発行をやめ、デジタル版のみになることを発表したのはつい2カ月ほど前のことである。

 発行元は英国で3番目の部数を誇るデイリーミラー紙を持つトリニティミラー社だ。とはいえ、今回誕生した新媒体は、デイリーミラー紙のダイジェスト版としてではない。独立した編集機能を持つ紙の新聞の創刊としては、インディペンデント紙の「i」以降、約30年ぶりとなる。大衆紙であり世俗的な記事を中心としたデイリーミラー紙と差別化をし、同紙への広告出稿を避けるクライアントの取り込みを図ったとされている。

 200万ポンドをかけたとされる創刊直前の大きなキャンペーンは、そのほとんどが30秒のテレビCMに費やされた。そのほか、ラジオ、SNS、デイリーミラー紙などの同グループメディアでも告知した。ターゲットとしているのは「子供や夫を送り出してから自分の時間として30分程度割くことのできる40代の女性」としており、また、「従来の新聞を買うのをやめ、SNSのフィードを追っている読者」だそうだ。そのターゲット層を獲得するために力を入れたのは、「ポジティブな記事」と「デザインの新しさ」。タブロイド紙にとって最も重要なテーマといえる、セレブリティのゴシップ記事や、有識者のコラム、テレビ欄と求人情報を省いた。現在、同紙のフェイスブックは約4万人のフォロワーがいる。将来的には、ここで読者と相互コミュニケーションを図りたいとのことだ。

 発行部数は20万部。初日は200万部を無料で配布し、翌日からは25ペンス、2週間後からは倍の50ペンスと段階的に値上げして販売するという計画だ。編集部は小規模で、全員で25人の記者が新聞とSNSの編集に携わる。

 売り上げの見込みについては、1日あたり20万部の販売収入と、月に30万ポンドの広告収入を見込んだ場合、販売流通コストなど諸経費を除くと約2,400万ポンドのネット売り上げとなる計算だ。しかし、業界からは、その販売部数や料金、ターゲティングについて心配の声も上がっている。ガーディアンの記者は、ターゲットを主婦としているのであれば、自宅でお茶を飲みながら新聞を読んでもらうという習慣づけが重要となる中で、1部50ペンスは大きな出費だと指摘する。発行して2週間後に25ペンスから50ペンスへの値上げをすることは、非常に厳しいという見解を示している。

 また、広告会社MECで紙媒体を担当するライナム氏は、紙媒体にとって最も苦しい時に新しい新聞を創刊したことを「勇敢な試み」としながらも、同社が本来ターゲットにしたい読者層を確実に取り込んでほしいと話す。なぜなら、前出の「i」が5年前にローンチをした際も、結果的には彼らがターゲットとした層よりも上の読者層に落ち着いてしまったからだ。

 創刊してお試し期間を終えた2週間以上が経った現在、結局販売価格は上がらず据え置かれた。同社によると、このまま数カ月は様子をみるという。恐れていたとおり、販売部数が日ごとに20%ほど減少し、3月10日の時点ですでに10万部を切り、95,000部まで落ち込んでしまったのだ。苦肉の策として、販売エリアをイングランドからスコットランドにまで広げている。

 新聞を購読することへの習慣づけはそう簡単ではない。金額もさることながら、家にいる専業主婦に新聞スタンドや書店などで毎朝購入してもらうことは、よっぽどの魅力を感じていないと難しいだろう。日本における自宅への宅配制度にありがたみを感じずにはいられない。

 ゴシップ好きなイギリス人女性にとって、家でくつろいで読みたいのは、女性の活躍や政治の記事ではなく、やはりセレブリティの記事やダイエット特集など、少し下世話な記事なのでは、と思ってしまうのは私だけだろうか。30分しか自分の時間が持てない主婦ならなおのこと、リラックスしたいもの。今後同紙の試行錯誤が続くだろう。

(朝日新聞社 広告局 ロンドン駐在 金井 文)