BBCのニュースで、突然スーパーを歩く牛が映し出されたときは、夏休みのイベントか何かだと思ったが、事態はそんな生やさしいものではなかった。小売店で売られている牛乳の価格の安さにたまりかねた農業組合が、牛を連れ立って抗議を行っていたのだ。
大手スーパーチェーンのアスダの店舗で2頭の牛を連れて練り歩いたり、牛乳をすべて買い占め、店の駐車場で無料で配ったりしたほか、棚にある牛乳のラックをまるごと移動させ、レジ前に置きっぱなしにして営業妨害するなど大胆な方法に出た。この日は終日、どのチャンネルでもこのニュースがとりあげられていた(写真)。
そもそも、英国は物価が高いことで知られているが、牛乳、バターなどの乳製品やパンに関しては驚くほど安い。軽減税率が導入されているため、これら“生活必需品”に関しては20%の税金がかからないということもあるが、普段、筆者がウェイトローズというスーパーで購入している牛乳は約1リットルで1ポンド(約190円)という安さだ(しかもとても美味しい)。ぴんとこない方のために補足すると、例えば大手コーヒーショップチェーンの値段は、カフェオレの小さいサイズでも3.5ポンド程度(約660円)、これにシンプルなサンドイッチをつけると、+4ポンド(約750円)、コーヒーとサンドイッチを買っただけで1400円を超えてしまうのがここロンドンだ。それなのに牛乳、パンは1ポンドでおつりがきてしまうという安さなのである。
今回農業組合のターゲットになった、アスダ、モリソンズ、リドル、アルディという低価格を売りにしている大手スーパーマーケットでは、なんと他店の半額程度で販売している。この安売りへの反発から今回の騒動が勃発したという。そもそもここまでお店によって値段が違うのは、こちらではプライベートブランドが主流だからである。プライベートブランドでも、安価なラインと、通常ラインの2種類、またはちょっと贅沢なラインの3種類を置いているところがほとんどで、そのときの懐事情によって使い分けすることが可能だ。一昨年のコラムでも紹介したが、こちらの人は利用するスーパーを決めていることが多い。オーガニックの高級な牛乳を買いにアスダやリドルに行くわけではなく、あくまでも安さに期待して行くのだから、売る側も価格競争に走りがちだ。
当然、安く販売するためには仕入れ価格を低く抑える必要がある。農業組合によると、約2リットルの牛乳を生産するのに最低62ペンスのコストがかかるが、アスダやモリソンズからの支払いはそれを大きく下回る約48ペンスだったという(BBC milk price 参照)。
抗議行動はSNSでも行われ、昨年大きな話題となったアイスバケツチャレンジの牛乳版、「ミルクバケツチャレンジ#FCNmilkbucketchallenge」がデヴォン州ヤングファーマーズクラブから始まり、英国中に広がった。
これらの結果、各社はどう動いたのか。アスダは2リットルあたりの仕入れ価格を56ペンスに引き上げると発表、これでも最低生産コストに達していないものの、農業組合は納得した。そしてモリソンズは今までより価格を10ペンス高く設定したものを新商品とし、消費者に負担してもらった差額を農家に還元することを発表。これに関して、農業組合は「進歩ではあるが、根本的な解決ではない」との見解を出している。
ちなみに今回の騒動とは無縁だったセインズベリーズは、これを機に「私たちセインズベリーズは英国の農家をサポートしています。他のスーパーマーケットはどうですか?」というコピーのブランド広告を出した(添付参照)。実は彼らは今年の頭にも、大手スーパーとの比較広告を掲載していた。
この騒動の最中、英テレビ局ITVが意識調査を行った。
それによると、「農家をサポートするために、牛乳にもっとお金を支払いますか?」というアンケートに対し、おそよ9割の人が払う、と答えている。
抗議の対象となった4社のうち、社としての見解を発表していないアルディとリドルはともにドイツ系のスーパーマーケットである。英国の農家から仕入れているのは同様のはず、今後の彼らの動向も気になるところだ。
(朝日新聞社 広告局 ロンドン駐在 金井 文)