「ロボットと私」 ロンドンの事情

※画像は拡大表示します。 5/13付インディペント紙に掲載された広告 5/13付インディペント紙の広告

 「ロボットの販売店もうすぐオープン」。5月13日のインディペント紙にこんなメッセージの広告が掲載された。広告で紹介されている“商品”は子供用のおもちゃなどではなく、ヒト型の家庭用ロボットのようである。掲載の数日前からは、忙しい家庭にやってきた女性のヒト型ロボットが、家事や育児など彼らの生活を温かくサポートする、といったテレビCMもスタートさせている。

 ロボットといえば、最近ではまるで本物の人間のようなロボットの受付嬢がいる百貨店があるとか、話題のドローンなどの情報を耳にすることはある。ただ、家庭用のロボットとしては、ペット型か掃除機くらいしか一般商品化されていないのが現実だろう。この広告のような人間そっくりのロボットが売り出されるとなれば大騒ぎになるのも無理はない。このロボットの販売元である「Persona Synthetics社」のウェブサイトにはすでに50万人近くがアクセスしており、13日時点でgoogle UKでの検索ワード第1位になるなど大きな反響を呼んだ。デイリーミラー紙デジタル版ではこの話題を記事にするとともに、早速このようなロボットが欲しいかというアンケートを取っていた。38%が欲しいと答え、いらないと答えた26%よりも多かったものの、20%以上の人が「気味が悪すぎる」と回答していた。

リージェントストリートの屋外電子広告 リージェントストリート
の屋外電子広告

 この広告には、旗艦店がロンドンの中心部、(東京でいうなら銀座の中央通りのような)リージェントストリートという通り沿いにオープンするとのクレジットがある。数日後、実際にお店のある場所に行ってみると、そこには大きな屋外電子広告があり、男性と女性のヒト型ロボットが映し出されている。正面に立って両手を挙げると目の前のロボットも同じように両手を挙げる動きをするなど、音声やジェスチャーによる操作が可能なマイクロソフトのキネクトテクノロジーが使用されているようだ。そこにはリアルなロボットではなく、あくまでも電子広告がディスプレーされているだけだった。そう、結論をいえば、ここに販売店など存在せず、実際にロボットの販売なんてしていないのだ。「Persona Synthetics社」も架空の会社という訳である。

 実はこれは、英国のテレビチャンネル「チャンネル4」で6月28日からスタートする新ドラマ、「HUMANS」の広告キャンペーンの一環。

 人間にそっくりなお手伝いロボット「Synth」を中心にしたストーリーのドラマで、スウェーデンで放送されたドラマ「Real Humans」が元になっているという。

 インディペンデント紙に掲載された広告上にはクライアント名、ここでいう「チャンネル4」という名前が一切入っていないため、読者は一層混乱したものと思われる。通常、メディアはこういった紛らわしい広告の掲載に慎重だが、この場合、「チャンネル4」というロゴが入った瞬間にすべてはネタバレとなってしまう。この気味悪さ、驚きは全く伝わることもなく、もちろんニュースになることもなかっただろう。その日が4月1日でない限りは。

 もうひとつ、このキャンペーンのすごいところは、オンラインオークションサイト、Ebayで「Synth」を20,000ポンドからの入札で販売していたところだ。もっとも、「入札は事前登録者のみに限る」という表記があり、実際には誰も買うことはできない。しかしながらとことんこだわった仕掛けである。

Ebayにオークション出品された「Synth」

Ebayにオークション出品された「Synth」

 折しも、朝日新聞でも5月31日から「ロボットと私」という特集がスタートしたばかり。「ロボットに任せたい仕事」のアンケート集計結果の中で、「ロボットと一緒に家事をしたい」という女性の回答があった。果たしてこの女性が想像したのはどんな見た目のロボットだろうか。Synthのようなリアルな人間に近いロボットだっただろうか。

 今回の広告がこれほどに話題になったのも、ロボットが決して遠い未来の存在ではなくなっているからだろう。一昔前なら、「これはTVか何かの仕掛けでしょ」で終わり、だったに違いない。もはやロボットとの共存がリアルな現実になってきているから混乱するのである。

 こうなると今月28日からの連続ドラマの内容はもちろん、反響も気になるところ。その日は予定が入っていて見られないが、録画はもちろん、オンデマンドでいつでも鑑賞できるので安心だ。ロボットではないものの、すでにいろいろな電子機器に“自分のかわり”をお願いする毎日、将来はロボットに「私のかわりに見て内容を教えて」と頼んだりすることも可能かもしれない。いや、それよりはこのコラムの代筆をお願いしたいと思う今日この頃である。

「Persona Synthetics TV」のCM
「HUMANS」予告編

(朝日新聞社 広告局 ロンドン駐在 金井 文)