英国食品業界の「味わい深い」広告

 数ある広告の中でも、食品、とりわけ定番商品といわれるブランドは、時としてユニークな広告手法で消費者を楽しませてくれる。過去に紹介したマーマイトのブランド広告もその一例である。

 まず紹介したいのは、英国の老舗ブランド「コールマン」による新聞広告である。コールマンのマスタードは、およそ200年の歴史を誇り、王室御用達の逸品として、英国の伝統食のローストチキンやサンドイッチなどには欠かせない定番アイテムだ。

 そのコールマンが、英国でサッカー、クリケットに次いで人気があるというラグビーの大会、「RBSシックスネーションズ」の別刷り特集に全面広告を掲載した。ラグビーのユニホームと、右下のマスタードの瓶だけというシンプルなビジュアルでつい読みとばしそうになるが、下のコピーを見ると、「English vs. French」とある。ちょうど対向面では、この日に行われるイングランド対フランスの試合についての記事が掲載されており、そのシャレの利いたコピーに思わず、にやりとさせられる。

 残念ながらマスタードに「イングリッシュマスタード」と「フレンチマスタード」があることを知らなければ、この広告の面白さはわからない。辛さの少ないクリーミーなものがフレンチ、和がらしのように少量でも辛みの利いているのがイングリッシュマスタードの特徴といえば分かりやすいだろうか。

 面白いのはコピーだけではない。イングランドのユニホームには赤いバラのワッペンが着いているのに対し、フランスは雄鶏。この広告をみると、F.F.R(フェデラシオン・フランセーズ・ドゥ・ラグビー/フランスラグビー協会)と書かれたユニホームのワッペンがローストチキンになっていることに驚く。

 要するに、フランス代表を丸焼きにして、コールマンのマスタードで食べてしまおうというメッセージだ。応援の甲斐もあってか、実際の試合は、ピリリとした強さが光ったイングランドの大勝利に終わった。試合の翌日は日曜日。サンデーローストといって午後に鶏や豚のローストを食べる習慣のある英国では、いつもより大量のイングリッシュマスタードが消費され、ここでも勝利を収めることができたに違いない。

※画像は拡大表示します。

試合記事の対向面に掲載されたコールマンの広告

試合記事の対向面に掲載されたコールマンの広告

 さて、3月20日、欧州は16年ぶりに皆既日食が見られるということで、前日からテレビなどで盛り上がっていた。迎えた当日の朝、天気は期待外れというより予想通り、薄くもやのかかったグレーの「ロンドンスカイ」。出社すると、同じビルで働く大勢の人たちが非常階段に出て、何も見えない空を長い間、眺めていた。その後も天気は変わらず、結果的には、晴れてくっきりと見えた欧州大陸からの中継でなんとか皆既日食を拝むことができたのだが、実は、ここ英国でもきれいに見せてくれたのが、屋外広告と大衆紙「サン紙」だった。

 どちらもナビスコ社「オレオ」の広告で、屋外広告はロンドンで実際に皆既日食が見られる予定時刻に合わせ、朝の8時25分~10時40分の間のみ動画が流された。一方、サン紙の当日の紙面は透けてみえる厚めの半紙のような紙でラッピングされており、グレーの空に黒い円がくっきりした見事な皆既日食、いや、ビスケットのオレオが描かれている。

 反対側を見ると、その黒い円が少しずれ、白く太陽が、もとい、クリームが見えているビジュアルだ。ここでも余分なコピーは一切入っておらず、「♯OREOECRIPSE」と書かれているのみ。ECRIPSEとは「皆既日食」のことだ。同日、ツイッターでは、♯OREOECLIPSE で読者からもいろいろなアイデアが投稿された。

オレオのラッピング広告 表紙側
オレオのラッピング広告 終面側

 この広告を英国人の同僚に見せたところ、「面白いけどサンの読者にこの意味がわかるかなぁ」とつぶやいた。「なぜ?」と思いながら、ページをめくると、中面にまたオレオの広告が載っている。太陽を覆っている月を手でつまんでいるビジュアルで、次のページでは通常のオレンジ色の太陽が見えている。そして反対側を見てみると、かじったオレオとともに「次の11年後の皆既日食まで待つ必要はありません」というコピーが・・・・・・。

 同僚は、たとえ説明調になっても、誰にでも分かりやすい広告が大衆紙では求められていると言いたかったのだ。これが高級紙であれば、あえて説明のために中面広告は入れなかったかもしれないが、この広告は「皆既日食」がテーマで、他でもない「サン(SUN)」に掲載することに大きな意味があったので、中面も入れたのではないだろうか。実際、多くの企業が皆既日食という、まれに見るコンテンツに絡めて、様々な広告を打ち出していたが、今回は新聞で大きな展開をしたオレオの一人勝ちだったように見える。

 「コールマン」も「オレオ」も、広告主やクリエーターのわざの利いたユニークな広告キャンペーンだ。やはり「味のある」広告キャンペーンは話題になると確信した次第だ。

同じ日の中面に掲載された4ページの広告

同じ日の中面に掲載された4ページの広告

(朝日新聞社 広告局 ロンドン駐在 金井 文)