胸に咲く赤いポピーに見る「英国人と戦争」

 1918年11月11日は、第1次世界大戦において敗戦国になったドイツが、連合国軍側との停戦協定にサインをした日だ。戦死者を追悼する「リメンバランスデー(戦没者追悼記念日)」として、英国では毎年、同じ日の同時刻の午前11時に慰霊碑前で追悼式典が行われ、英王室、首相や軍の代表者らが出席、黙祷(もくとう)をする。今年は開戦から100年。BBCの生中継で式典を見ていたが、例年に比べてより厳かな雰囲気が漂っているように感じられた。

※画像は拡大表示します。 当日の新聞各紙 当日の新聞各紙

 例年10月末からリメンバランスデーまでの約2週間、地下鉄の駅や街中で英国在郷軍人会が「ポピーアピール」と呼ばれる募金活動を行う。1ポンドを寄付すると赤いポピー(ひなげし)のブローチがもらえる。この時期は、BBCなど放送局のアナウンサーはもちろん、王室、首相、政治家から一般人まで数多くの人が胸に大きな赤いポピーをつけているため、筆者も何事かと赴任当時は驚いた。

 何しろ約6,400万人の人口に対し、4,500万個のポピーブローチが販売されているのだ。テレビだけではない。フィナンシャル・タイムズ紙とガーディアン紙を除くすべての新聞の題字には連日ポピーマークが入るようになる。

 英国在郷軍人会のウェブサイトによると、欧州においてポピーが戦死者追悼の象徴になった理由は、第1次世界大戦で戦場となったフランス北部で、その戦闘が終わった後、戦場を埋め尽くしたのが赤いポピーだったことが由来とのこと。また、当時大英帝国の一員として参戦していたカナダの軍医で詩人でもあったジョン・マックレー氏がこの情景を詩にしたことでもさらに広まり、英国だけでなくカナダでも赤いポピーは戦争で犠牲になった兵士たちの象徴とされている。

※画像は拡大表示します。 英国在郷軍人会の広告 英国在郷軍人会の広告

 昨年の同団体の収支を見ると、ポピーアピールで集まったのは約4,000万ポンド(約72億円)、それ以外の寄付が約3,600万ポンド(約65億円)、その他会報誌の購読料などを含むと収入は1.26億ポンド(約227億円)あった。そのうちの約20%が負傷した兵士や家族のための施設の維持費に、福祉の提供に約40%があてられている。広告費などキャンペーン費には7%ほど、金額にして870万ポンド(約15.7億円)が使われているというから、いかに大きなキャンペーンであるかがわかる。

 リメンバランスデーの期間に掲載された広告をいくつか紹介したい。英国在郷軍人会は新聞や雑誌広告を掲載し、「ポピーアピール」の周知を図っている。この広告は通常1ポンドで購入できるナイロンや紙製のポピーではなく、ラインストーンがちりばめられた約15ポンドのブローチの紹介である。日本円で約2,700円を募金、というとハードルが高いが、ブローチ代としてはリーズナブルかもしれない。なぜなら、これ以上にはやり廃りのない商品もない。

 ポピーアピールに協力する企業の広告では、英国大手のパンメーカーであるホービスが、ポピーシード入りの食パンを1袋購入するごとに10ポンド(約18円)の募金ができるキャンペーンを実施。そして英国の生協、コーポラティブフードは午前11時に全店舗において仕事を中断し、黙祷することを紙面で告知した。その他、カナダのボンバルディア社は地下鉄でラッピング広告を走らせるなど、この時期はポピーを目にしない場所はないくらいである。

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胸に咲く赤いポピーに見る「英国人と戦争」 タイムズ紙のラッピング広告
胸に咲く赤いポピーに見る「英国人と戦争」 生協のお知らせ広告
胸に咲く赤いポピーに見る「英国人と戦争」 地下鉄にもポピー

 大きくて真っ赤なポピーはその目立つデザインからか、着けている人がとても誇らしげに見えるが、それがかえって反感を招いているという記事も見かける。愛国心の表明を強制するのは良くない、という意見や、著名人は、ポピーをつけていないと「非愛国主義者」とバッシングされることもあるために着けているという話もある。今年の夏、800人を超えるボランティアの手により、ロンドン塔はセラミックでできたポピーで埋め尽くされた。

 当初、リメンバランスデーである11月11日に終了するはずだったこのポピーの装飾の延長を呼びかける政治家が、ここぞとばかりアピールをしていた。愛国心を表明することで票を獲得したいだけで、追悼の意がどこまであるのかと疑問視されていたが、その甲斐あって月末まで延長になった。ロンドン塔にまつわる数々の血なまぐさいエピソードと、そこからしたたる真っ赤な血のようなポピーは、見る人をひきつける。

 ポピーアピールの広告の次のページに出てくるのは軍隊の求人募集広告と、精神的なダメージを受けた兵士やその家族を支える団体の広告だ。この国は、13年もの間兵士を派遣し、先月末で任務終了を発表したアフガニスタンをはじめ、世界各国の紛争地に現在も兵士を派遣している。この環境が、日本とは大きく違う「戦争」に対する捉え方を生み、これほどまでに身近な「自分ごと」になっているのかと感じた。と同時に集団的自衛権の行使容認について騒がれているわが国もまた、戦争が「自分ごと」になる日が来るのだろうか、などと考えてしまった。

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胸に咲く赤いポピーに見る「英国人と戦争」 トーストでも募金
胸に咲く赤いポピーに見る「英国人と戦争」 3ページ連続の軍の求人広告
胸に咲く赤いポピーに見る「英国人と戦争」 帰還兵と家族を支える団体

 (朝日新聞社 広告局 ロンドン駐在 金井 文)