英国において賭け事は合法で、国民にとって身近なものである。ブックメーカーと呼ばれる賭け屋は2千社以上存在し、実に国民の60%以上が賭け事をしているという統計もあり、その平均額は年間で約166ポンド(約3万円)だそうだ(Health and Social Care Information Centre調べ)。賭け事の中で最もメジャーなのは数字選択式の宝くじ、国営ロトだが、その他、競馬やスポーツを始め、ロイヤルベビーの名前から(もうすでにウイリアム王子の第2子が双子かなども賭けられている)、オーディション番組での優勝者予想、はたまた今年ロンドンがホワイトクリスマスになるかどうかといったことまで賭けられているのが興味深い。「戦争」以外なら何でも賭けの対象になり得ると言われているのも納得がいく。
そんな中、最近熱いニュースだった、「スコットランド独立に向けた住民投票」も例外ではない。 住民投票の結果はご存じの通り、独立反対“NO”が55.25%で、独立賛成“YES”の44.65%を上回り、英国に残留することが決定した。84.6%という投票率からも、国民の関心の高さがうかがえるが、投票日まで“YES”キャンペーンが支持を伸ばしていたことも注目され、接戦となった。
その一方で、18日付のシティーエーエム紙によると、賭けの世界では実に85%以上の人が“NO”に賭けていたことが明らかになった。 しかも、“NO”への掛け金の平均額は一人当たり465ポンド(約8万3千円)だったのに対し、“YES”はたった80ポンド(約1万4千円)と接戦とは言いがたい大差であった。イングランドに本社を置く大手賭け屋はどこもNOのオッズを高くして、独立は成立しないと予測していた。独立か否かで盛り上がるスコットランド人に比べ、投票権もなく、どこか冷静なイングランド人の様子が見てとれる今回の「勝負」だったように感じる。ちなみに、なんと“NO”に90万ポンド(約1億6千万円)を賭けた強者(つわもの)もおり、結果的に彼は20万ポンド(約3,500万円)ももうけたとか。さすが賭け事の達人が住む国ならではだ。
選挙期間中には、俳優のジェラルド・バトラーやロンドンファッションウイークで「YES」というバッジを付けたイングランド出身のデザイナー、ビビアン・ウェストウッドなど、数多くの著名人が意見を表明するなど熱い舌戦が展開された。また、昨年のウィンブルドン覇者で、スコットランド出身のアンディ・マレー選手がツイッターで独立を支持するツイートをしたことから、反対派のフォロワーから脅しを受け、警察が動き出す事態にまで広がった。
ただ、スコットランドに本社を置く企業は今回の独立に反対する声も多く、英国への残留を希望する傾向が高かった。スコットランドは英国が誇る金融業の盛んな地域で大手の銀行や保険会社などが集まっている。独立が決定した場合には本社をエディンバラからロンドンに移すことを表明していたRBS(ロイヤルバンク・オブ・スコットランド)は、投票日翌日の朝刊で、「あなたが未来にどんな夢を描いたとしても、私たちはいつもあなたのそばに」という広告を掲載。
あまりにも過熱した今回の住民投票に、リスクを避けたのか、便乗してウィットに富んだ広告を出す企業もほとんど見られず、とても静かだったのが残念だった。ちゃっかり便乗した広告を掲載したのはアイルランドの格安航空会社「ライアンエアー」くらい。他に話題になったのは、インテリアのオンラインショップ大手「メードドットコム」が、投票の結果が明らかになった朝に誤って「スコットランド独立」をうたう広告を顧客にメールを送信、その後すぐにユニオンジャックの広告に修正したことくらいだ。
もうすでにブックメーカーは、「2020年末までに、独立に向けた新たな住民投票が行われるか」という賭けをスタートさせている。今のところオッズは「YES」が4倍、「NO」は1.22倍だ。投票直後のエリザベス女王の声明通り、今後しばらくは一致団結すると英国では見ているようでひと安心、か。
(朝日新聞社 広告局 ロンドン駐在 金井 文)