その意見広告 取扱注意! ~国際紛争に関わる新聞広告掲載事例~

 これまでも英国の新聞各紙の論調、広告出稿について考察を重ねてきた。今回は、現在も戦闘が続くパレスチナ自治区ガザでのパレスチナとイスラエルの紛争について、なかでも英国の主要紙である、タイムズ紙とガーディアン紙の広告と報道の取り扱いについて注目している。

 両紙ともにガザの惨状を伝える報道が続いているが、ガーディアン紙は連日タイムズ紙の約2~3倍ほどの記事量を割いている。国際問題に力を入れるガーディアン紙ならではの力の入れようである。
  まず下の広告を見ていただきたい(写真1~5)。いずれもガザでの紛争について意見を述べる広告である。ただ、1は英国赤十字社による募金広告、2と3は英国を拠点にするチャリティー団体の意見広告、4は中東を拠点にする放送メディアの意見広告、5は在米ユダヤ人人権団体による意見広告、とそれぞれ広告主の姿勢、立ち位置は大きく異なる。1はタイムズ、ガーディアン両紙に掲載されたものの、2~5はガーディアン紙のみでの掲載となった。報道部門、広告部門ともに両社の姿勢が大きく異なることを顕著に示した一例である。

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英国赤十字社 (7月26日付 ガーディアン紙、タイムズ紙)  英国赤十字社
(7月26日付 ガーディアン紙、タイムズ紙)
オックスファム (7月30日付 ガーディアン紙) 2 オックスファム
(7月30日付 ガーディアン紙)
マップインターナショナル(7月28日付 ガーディアン紙)  マップインターナショナル
(7月28日付 ガーディアン紙)
アルジャジーラメディアインターナショナル(7月28日付 ガーディアン紙)  アルジャジーラメディアインターナショナル
(7月28日付 ガーディアン紙)
5 バリューネットワーク(8月11日付 ガーディアン紙)  バリューネットワーク
(8月11日付 ガーディアン紙)

 この中で掲載当日に苦情が殺到し、一部の読者からは不買運動を呼びかけられる騒ぎに広がった広告があった。5の意見広告である。広告主は「THIS WORLD: THE VALUE NETWORK」で、ユダヤ人ノーベル平和賞受賞者であるエリー・ウィーゼル氏がパレスチナのハマス批判を訴える内容だ。ハマスの兵と思われる写真とともに、「ユダヤ人は3,500年前、子どもを生けにえにすることをやめた。さあ、今度はハマスの番だ」と書かれている。ハマスが子どもたちを「人間の盾」にしていることを挙げ、その行為は大昔の野蛮な生けにえの儀式と同様であると、パレスチナ側を痛烈に批判する内容だ。

 なぜ、この意見広告が問題視されたのか。ソーシャルメディアでこの広告に対して即日抗議した「STOP THE WAR」という団体がガーディアン紙に送った公式な抗議文書では、以下のように書かれている。

― この広告はパレスチナ人を「子ども殺し」と批判しているが、そのような事実はどこにもない。それどころか、実際はイスラエル軍がつい先日の爆弾で400人ものパレスチナの子どもたちの命を奪い、国際人権団体アムネスティもまた、イスラエル軍による学校や病院を故意に狙った攻撃に対して批判をしている。(中略) 残念なことにタイムズ紙が拒否したこの広告を掲載するという判断を下したことは、ガーディアン紙のイスラエル擁護を意味する編集姿勢だと考える ―

 同団体はツイッターを使って広告に反対する署名を集め、1日で14万人分の署名が集まった。

 これが北米なら何の騒ぎにもなっていないだろう。実際、5の広告はワシントン・ポスト紙やニューヨーク・タイムズ紙にも掲載されているが、特に問題にはなっていない。今年の初めに、米国人女優のスカーレット・ヨハンソンがイスラエルに本社を置くメーカーの広告に出たことから、それまで大使を務めていた英国設立のチャリティー団体、オックスファム(事例2の広告主)から契約の打ち切りを宣告されている。パレスチナ、イスラエル、それぞれに対して多くの意見がある中で、ここ英国ではパレスチナを含むアラブ人の移民は多く、また、その他アジア諸国を合わせるとイスラム教徒は約270万人いるのに対してユダヤ教徒は25万人程度しかいないこと(※2011 UK Census)、また第1次世界大戦後、パレスチナが英国委任統治領だったことが国民感情に多少なりとも影響を与えているといった声もある。その結果、公の場で「イスラエルの正当性を主張すること」は問題視されかねないのだ。

 タイムズ紙は、「あまりにも内容が攻撃的で過激であり、タイムズの読者を困惑させる恐れがある」 として掲載を拒否したという。一方、ガーディアン紙は、「掲載にあたっては議論を重ねており、また広告の受け入れと、メディアとしてその内容を支持することとはイコールではない」と掲載に踏み切った理由を明らかにした。申し込みのあった広告を掲載するか、しないかを検討した結果、両紙が正反対の結論を出したのである。
  読者の立場ならどちらの新聞が望ましいと感じるか、これが日本だったらどうか、と自問自答してみたものの結論は出ない。ただ改めて新聞の意見広告の反響の大きさに身の引き締まる思いがした。

 (朝日新聞社 広告局 ロンドン駐在 金井 文)