今年のロンドンの夏は例年よりも熱くなる、はずだった。目白押しのスポーツイベントではいずれも英国人の活躍が期待されていたからである。連日パブで盛り上がるはずのFIFAワールドカップ。残念ながらイングランドは日本と同じく早々にグループリーグ敗退。拍子抜けしたロンドナーは気を取り直して、その後まもなく始まったウィンブルドン(全英オープンテニス)に臨む。昨年の覇者、地元アンディ・マレーがその期待を一身に背負うものの、結果はベスト8止まり。おまけに天気予報も冷夏の予想で、7月下旬が来ても連日涼しい日が続いている最中、ウィンブルドン決勝当日、ほぼ同じタイミングで開催されたF1英国グランプリ。地元のルイス・ハミルトンが見事優勝を飾り一矢報いたが、いまひとつ盛り上がりに欠けたまま、スポーツの夏は終わろうとしていた。
そんな中、予想以上に熱い盛り上がりを見せたのが、7月5日に始まったツール・ド・フランスだ。ここでも英国人のクリス・フルームの昨年に続く連覇が期待されていた。さらに英国ヨークシャー地方の都市リーズからスタートし、ロンドンを経由してフランスに渡るというコース設定がますます英国人をわくわくさせている。英国で開幕するのは2007年大会以来、7年ぶりだ。新聞広告や屋外ポスターでの告知、レンタル自転車の「バークレーサイクル」も特別仕様が登場するなどお祭りムードも満点。
ツール・ド・フランスは、その名の通りフランスで始まった自転車ロードレースで、第1次、第2次世界大戦により中断された期間を除いて毎年開催され、昨年で100回目を迎えた歴史あるレースだ。フランス最大のスポーツ紙だったロト紙(現在のレキップ紙)がスタートさせ、今でもレキップ紙やル・パリジャン紙などを傘下にもつアモリースポールオルガニザシオン社(ASO)が主催を続けている。23日間で争われるレースは、走行距離が長いだけでなく、山岳コースなど高低差も大きい。相当ハードな戦いとなるため、過去には途中で列車や車に乗って失格になる選手が続出したという冗談のような話もある。今でも根強くドーピング問題が残っていることがそのハードさを物語っている。
広告という観点でみても大変興味深いのは、これでもかというほどスポンサーが「広告活動」をすることにある。開幕日には、各スポンサーのキャラバンカーによる豪華なパレードが行われる。今年は、翌年の開幕地が絵本作家ディック・ブルーナの出身地、オランダのユトレヒトであることから、ミッフィーのキャラバンカーが先頭を走った。また、レース途中にも、自社チームの選手が通過する前後にキャラバンカーが沿道を走って場を盛り上げる。巨大バルーンなどを乗せたハリボテの車からお菓子や応援グッズなどノベルティーグッズを沿道の観客にばらまいて走るのだ。大会のメーンスポンサーであるヴィッテルやハリボーは自社商品のミネラルウオーターやグミをまいて観客を楽しませ、チームスポンサーはチームの応援グッズやTシャツを配布し、沿道にいる観客に応援団兼広告塔になってもらう。大会中に走るキャラバンカーは約180台、配られるグッズは、その数なんと約1,500万個というから驚く。
これほどまでに企業色を出したアピールを認めるようになったのは、もちろん巨額な運営費の負担が大きな要因であることは間違いない。ツール・ド・フランスは、沿道で自由に観戦できるためチケット収入がない。年間約1億ユーロ(約140億円)の運営費のうち、5割をテレビ放映権、4割をスポンサー収入、残りをレースの舞台となる自治体からの開催料収入などで賄っている。その結果、スポンサーメリットを最大限に生かしながらも地元の観客を楽しませる方法としてキャラバンカーが登場したのだ。大人も子どもも、レースだけでなく、スポンサーによるキャラバンカーのパレードを心待ちにしている。結果的に自転車ファンでなくとも一緒に盛り上がることができるツール・ド・フランスは、企業も観客も思いきり楽しめる、まさにスポンサー冥利(みょうり)に尽きるスポーツイベントなのではないかと感じた。
(朝日新聞社 広告局 ロンドン駐在 金井 文)