6月初旬、「世界新聞大会」に出席するため、肌寒いロンドンを発ち、すでに真夏のような暑さのトリノに降り立った。飛行機はアルプスの雪山を見ながら着陸するため、そこがまさか35度を超える暑さとは想像もつかない。トリノといえば、五輪くらいしかすぐに思い浮かばなかったが、ここピエモンテ地方は美食の地として知られ、ワインや牛肉、チーズはもちろん、ヘーゼルナッツを練り込んだチョコレートや、日本でもおなじみのバーニャカウダなど、濃厚で美味なものが多い。空港からバスで30分ほどの中心部にある宿泊先から、さらに地下鉄で約10分のところにあるリンゴット駅を上がると目の前に広がるクリーム色の建物、フィアットの旧本社ビルが今回の会場だ。
この大会は「世界新聞大会」「世界編集者フォーラム」「世界広告フォーラム」の共同開催であり、主催者発表によると今年は約1,000人が参加していたという。会場はジャーナリストや広告関係者がそれぞれ興味のある講演を聞いたり、ネットワーキング(人的交流)をしたりして朝から夕方まで過ごせるように、おいしそうなお菓子とエスプレッソが数多く並んでいた。どうしても食の方に話がいってしまうのはイタリアという土地のせいだろう。しかし、一定期間会場に缶詰になる、このようなイベントでは、食のもてなしも重要なことだと、たまたま居合わせたフィナンシャル・タイムズの女性が言っていた。
さて、本題のカンファレンスだが、「新聞をとりまく環境の変化」の報告はどの講演でも同じようなものだったが、今年は現状把握だけでなく、各社がその変化に対してどういう取り組みをしているかを知ることができて興味深かった。
今回発表された、世界における新聞の現状を以下にまとめてみた。
―アジアと南米はこの5年で紙の新聞部数が6%以上も増加
―北米はこの5年で10%減、ヨーロッパでは23%減
■紙の販売収入:780億米ドル、広告収入:850億米ドル
(紙の収入はデジタルを含む新聞収入の93%を占める)
―アジアと南米で増加
―北米はこの5年で約30%減、ヨーロッパ 約18%減、中東・アフリカ 21%減
■世界のデジタル版部数:17億5,300万部(2013年)
世界のデジタル版有料会員数:6億6,000万人(2013年)→8億1,200万人(2014年)
数字で見ると、デジタルメディアへの対応でどれだけの変化が起きているかが一目瞭然である。 無料のニュースをいつでも読むことができる中で、各社ペイウォール(課金化)をどう乗り越えていくか、という課題に対して、印象深い話があった。
「各新聞社がより強いコンテンツ力を持つということは必須条件だが、同時にあまりにも『デジタルファースト』にかじを切ると、単に情報の垂れ流しになる。新聞社はあくまでも『テックファースト』(※)を意識すべきだ」という、ウェブメディアグループアメリカのCEOの言葉である。魅力的なコンテンツをたくさん持っていても、読者への伝達方法を誤ると他メディアに「いいとこ取り」をされてしまうということである。各社は、編集部門と販売部門が一丸となって読者獲得のために取り組んでおり、今まで以上にジャーナリズムとビジネスの壁があいまいになってきていると実感した。それはやはりデジタル版の普及が大きく影響している。
実際、こうした大会でのネットワーキングでは、デジタルな「伝達方法」に助けられる場面がある。タブレットがあればお互いの媒体を、その場で簡単に共有できる。食事をしながら新聞を開いて、というのはちょっとまどろっこしい。各国の媒体を皆がすぐに閲覧でき、「この新聞1部いただけますか?」なんて頼まなくてもいいのだ。今ではいとも簡単にできる情報の共有は、紙の媒体では難しい。ネットワーキングを通じて、デジタルの利便性を改めて実感した。
それでいて、やはり人と人とのつながりにアナログな「伝達方法」も健在である。休憩時間、化粧室に並んでいるとその前後の人が話しかけてくる。注文したエスプレッソを待っていると隣で飲んでいる人がお菓子をすすめてくる。ささいな会話の後には自己紹介とメールアドレス交換だ。それはコースターの裏だったり、資料の裏だったり何でもありである。残念なことにその中の何人かの連絡先は間違えて捨ててしまったりすることもあるが、それでも翌日に会場で顔を合わせると昔からの知り合いのようにハグをする仲になっているのが不思議である。正直、日本でほぼ初対面の中年男性とハグできるだろうかと思うのだが、それは想像するだけ無駄である(逆にそれをしたら引かれる)。ロンドンに戻り、パソコンとは別にトランクから出てきた紙の資料の束と、連絡先が書かれたコースターを見ながら、これはこれで必要かもしれない、と思ってしまう筆者である。
(朝日新聞社 広告局 ロンドン駐在 金井 文)