英国はEU脱退へ?!欧州議会選挙によって揺れ動く英国の未来

 欧州議会とは、簡単に説明するとEUの主要機関であり、EU加盟国の選挙で選ばれた議員で構成される立法機関である。今回で8回目となる、5年に一度の欧州議会選挙が5月22日~25日にかけて行われ、ここ英国でも連日大きく報道されている。  
  日本では選挙といえば週末だが、キリスト教徒が多い欧州では、週末を避けて平日に投票が行われることが 多く、投票日も加盟国ごとに違うほか、投票が義務づけられている国とそうでない国があり、統一されていない。選挙権もオーストリアは16歳以上、その他の国は18歳以上であったり、立候補できる条件も、18歳以上と定めている国もあれば25歳以上という国もあったり様々だ。なんと言ってもEU加盟国は全28カ国、有権者は4億人もいるのだから、そうした多様さは仕方のないことなのだろう。

 英国の政党は大きく分けて、キャメロン首相率いる与党の「保守党」、クレッグ副首相率いる「自民党」と、エド・ミリバンド氏率いる最大野党である「労働党」、ナイジェル・ファラージ氏率いる「英国独立党」がある。欧州議会において英国に割り当てられているのは73議席で、地域ごとに比例代表制で争う。現在、国内第一党の保守党が最多の26議席を占めているが、今回の選挙でその議席を大幅に減らすと言われており、キャメロン首相の立場をも揺るがす可能性が高いとされていた。

 選挙といえば、広告に携わる者としてやはり気になるのは政党広告だ。よくできていると評判だったのが、労働党による、自民党と保守党に対するネガティブキャンペーンの動画だ。投票を2週間後に控えた5月上旬、BBCの政党選挙放送枠で流れたものだが、ぜひ見てほしい。

 『The Un-Credible Shrinking Man(縮みゆく信念のない男)』というタイトルの、モノクロ映画のような映像はたった3分間だが、かなり凝ったつくりである。これは、1957年に出た「The Incredible Shrinking Man」という映画をもとにつくられており、自分の信念もなくキャメロン首相の言いなりになっているクレッグ副首相を徹底的にちゃかすパロディー広告だ。同時にキャメロン首相扮するキャラクターの、これでもかというほどのクイーンズイングリッシュ、紅茶が入ったカップ・アンド・ソーサー(マグカップではない)と英国の伝統菓子が並ぶ会議の場など、彼の上流階級ぶりを皮肉たっぷりにみせている。これに対し、クレッグ副首相率いる自民党もすぐさま労働党へのネガティブムービーを放送したものの、政党の勢いに比例してか、話題にすらならなかった。

 それでも欧州議会選挙への関心はそれほど高くないのも事実で、投票率は毎回下落しているという。前回の2009年の選挙では、EU全体の投票率43.0%、英国では34.7%だった。そんな中、欧州では経済悪化に伴い、極右派の存在感が増している。英国においては、英国のEU脱退をスローガンにする「英国独立党(UKIP)」がそれにあたり、反EU、反移民を掲げ、自国民の雇用を守るべきだという訴えに共感する国民が増えているのだ。実際、ブルガリア人やルーマニア人など、EU最貧国ともいわれる国からの労働者は増え続け、2012年は9千人の増加だった両国からの移民は、昨年には約2万4千人にまで増えている。UKIPに対し、移民が多く住んでいるエリアでは「差別主義者!」の文字を掲げてデモを行うなど、衝突も多い。それでも選挙を前に発表された世論調査では支持率が最も高く、向かうところ敵なしのUKIPの強気な姿勢は、新聞広告にも表れていた。

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UKIPに対する移民層のデモを報じる記事(5月21日付ガーディアン紙) UKIPに対するデモ(5月21日付ガーディアン紙)
UKIPの新聞広告「EUにもの申せるのはファラージだけ」(5月21日付デイリーテレグラフ紙) UKIPの新聞広告(5月21日付デイリーテレグラフ紙)

 そして迎えた開票日。投票率は34.1%で前回の欧州議会選挙から微減、予想通りUKIPが11議席増の24議席を獲得してトップとなり、続いて7議席増の労働党が20議席、反対に7議席減の保守党は19議席、パロディー動画で話題となったクレッグ副首相率いる自民党はなんと1議席と惨敗した。朝からBBCなどのニュースでは、この異常事態ともいえる状況を繰り返し報道し、事態の大きさを感じた。UKIPは現在国内下院では小選挙区制度で議席がゼロだが、今回の支持率の高さでナイジェル・ファラージ党首は、来年行われる総選挙での議席獲得を確信したと語っている。もともとキャメロン首相は、来年の選挙で保守党に政権があれば、EU脱退の是非を国民投票で問うという公約を掲げていた。しかし、それでは遅いとしびれを切らした国民が、よりスピード感を重視した強硬姿勢のUKIPに望みを託したということだろうか。EUに懐疑的なのは英国だけではない。フランスでも、極右政党である「国民戦線」がはじめて国内トップの票を獲得して国内第一党となることが確実となり、英仏の新聞ではこれら右派、EU懐疑派の躍進について「激震」と伝えた。

 多民族国家である英国において、移民との共存の是非が問われることになる。移民により様々な文化が入り、定着しつつあるのは、もはや国際色豊かな「ロンドンらしい」風景とも言われている。そんな風景にも変化の風が吹くのか。先日乗ったタクシーのルーマニア出身の運転手は、家族を残し単身で渡英して6年、あともう少し辛抱して働けば、子どもを大学に行かせてやれると話していた。英国とルーマニアを結ぶ航空路線にはルーマニア人の乗客で常に満席、毎年のように増便しているのでとても便利だ、とも。その一方で、英国が誇る無料の医療サービスNHSには人口の約12%を占める移民が殺到し、英国民が利用したくても予約することさえ困難な状況であると問題視されている。

 欧州議会選挙の結果を受けて、ルーマニアのナショナルペーパーであるガンダル紙が昨年実施した、EUの反移民政策に反対するプロモーション「ルーマニアにおいで!」が今また話題になっている。自社のウェブサイトで掲載した広告は、「ルーマニアのビールは英国の水よりも安い」や「ルーマニア女性の半数はケイト妃に似ていて、残り半分は妹(ピッパミドルトン)に似ている」など、ユーモアたっぷりで評判となり、数百社の新聞・雑誌で紹介されるほか、200万以上のフリーメディアでの露出に成功し、同社のウェブサイトの読者は30%以上も増えたという。

 移民という難題にどう取り組むか、来年の総選挙に向けてキャメロン首相の、EUとの向き合い方が今まで以上に注目されるのは間違いない。そして他でもない、日本でも移民の受け入れ拡大についての検討を始めるという報道もあり、この先に何が起きるのかを、見極める時かもしれない。

ルーマニアのガンダル紙のプロモーション

ガンダル紙のサイトで掲載された広告 ガンダル紙のサイトで掲載された広告
AD STARSでGOLDを受賞した動画広告

 (朝日新聞社 広告局 ロンドン駐在 金井 文)