ロンドンの地上の交通機関は3色で展開されている。ロンドンバスの「赤」、ブラックキャブの「黒」、そしてシェアサイクルの「青」だ。街中いたるところでこの3色を見つけることができ、ロンドンの動くカラーアイコンとなっている。そんな中、このうちの二つ、「黒」と「青」に近々変化ありというニュースが発表された。一つは、ほぼロンドンタクシー社による独占状態だったブラックキャブ市場に日産自動車の本格参入が決定したこと。もう一つは、シェアサイクルが誕生した時からのスポンサーであるバークレイズ銀行が来年夏をもって、ネーミングライツスポンサーを降りると明らかにしたことだ。
今回のブラックキャブとシェアサイクルを巡るニュースは、いずれもロンドン市長ボリス・ジョンソン氏による環境への取り組みが大きく関与している。ブラックキャブへの日産を含む複数社の新規参入は、現存のロンドンタクシー社製の車両が、市長が定めた新しい排ガス規制をクリアできなかったことによる。シェアサイクルは、環境保護の観点はもちろん、ロンドン五輪の際の交通渋滞緩和への狙いもあって、市長自らが発案したものだ。
まず、「青」のシェアサイクルについて少し紹介しておこう。サイクリストであるボリス・ジョンソン市長の名前にちなんで、「ボリスバイク」の愛称でも親しまれているが、正式名称は「バークレイズ サイクル ハイヤー」。バークレイズ銀行がネーミングライツスポンサーとして、導入から5年分の投資額1.4億ポンドの一部を負担した。現在では平均して一日約2万5千回も利用されているバークレイズ サイクル ハイヤーはすでにロンドンの顔にもなっている。その便利さと利用料の安さから、導入してすぐに人気者となったこともあり、この事業からの撤退は、メディアでは「なぜ?」と報道された。その回答として同銀行は、2013年度の利益が昨年を大きく下回り、戦略的投資の見直しのため、と説明したが、別の大きな理由として、昨年7月に初めて利用者の死亡事故が起きたことでイメージ低下を懸念したとも言われている。
海外から見れば模範的なロンドンのシェアサイクル事業だが、自転車専用道路の不足など、実際にはまだまだ課題も多い。市長はその対策に力を入れて取り組むと宣言している。いずれにしても、新スポンサーが決定すれば、バークレイズカラーの約11,000台の自転車と約750カ所のステーションは、オセロのようにパタパタと塗り替えられ、街の景観は大きく変わるかもしれない。
一方、「黒」のロンドン名物ブラックキャブに日産自動車の本格参入が決まったことは、我々日本人にはとてもうれしいニュースだ。実は日産は、2012年にいったん新車両を発表したものの、伝統的なブラックキャブを踏襲したデザインへの変更を要求され、今回改めて新車両NV200が開発された。
「ブラックキャブ(正式名称はハックニー・キャリッジ)」は、ボックスシートになった座席に最大5人まで座ることができる独特な車体が特徴で、キャビーと呼ばれる運転手は、「ザ ナレッジ」というテストに合格したロンドンの道を知り尽くしたプロ中のプロ。理想的なタクシーに思えるが、ディーゼルエンジンによる大きな音と黒い煙が玉にキズだった。
環境保護・安全性ともに高い基準をクリアした日産自動車は、同じく新規参入のトルコのカルサン・オートモーティブ、再参入のメトロキャブとともに、現在9割のシェアを持つロンドンタクシー社製と、現在1割ほどだがシェアを伸ばしているメルセデス・ベンツのヴィトらを追いかける形での参入となる。もともと性能への評価が高かったことに加え、キャビー納得のデザインや低価格を実現させたこともあり、各メディアも日産の参入による今後のシェア動向に関心を寄せている 。
今までとはまた違ったバリエーション豊かなブラックキャブが、ロンドンの街を走ることになる。色こそ変わらないものの、同じ「黒」でも排出ガスの「黒」ではない、環境に優しい「黒」へと進化していく。
人にも環境にも優しいサービスが求められている昨今、ボリス市長の豪腕により、政府と企業の連携によって歴史あるロンドンの街は今も少しずつ変革をとげている。
そして人ごとではない、「東京」もまさに変わろうとしている。先日の新聞で、新東京都知事が都内の自転車道路の整備を約束したという記事を読んだ。新しい東京も、人や環境に配慮したカラフルなアイコンが街を染めていくことに期待したい。
(朝日新聞社 広告局 ロンドン駐在 金井 文)