ブラックベリー、甘いか酸っぱいか

 ロンドン駐在の初日、前任者から引き継ぎで手渡されたのはブラックベリー(BB)だった。街中を歩いているビジネスピープル、取引先やパートナーまで、そのほとんどがBBユーザーではないかと思うほど、ビジネスの現場ではまだ健在かと思われた。ただ、使い始めたBBは、その小さいキーボードを打つのがなかなか難しく、アイフォーンユーザーだった私には画面も小さくなんだか見づらい。1カ月ほどたち、ようやく慣れてきた頃にオフィスの携帯リース更新時期が来て、選択肢にあったアイフォーンを選んでしまったことから、私の短いBBユーザー期間は終わりを迎えた。結果的には同僚もアイフォーンにスイッチしてしまい、あっと言う間にBB端末は影を潜めてしまった。

 2009年には約20%あったBBの世界シェアは現在約3%まで落ち込んでいる(IDC, Gartner)。その大きな要因と言われているのが、若年層のBB離れである。ここ英国でも元々BBユーザーには若者が多く、「Call my BB!(私のブラックベリーに電話してね)」というあいさつが当たり前だったと聞く。人気の理由は、「BBM(ブラックベリーメッセンジャー)」という無料のテキストメールで、ティーンエージャーにとって最大のコミュニケーションツールだった。しかしその後、BBMにかわる様々な無料メールサービスの誕生により、一気に流れが変わってしまったという。

ブラックベリー Z10 ブラックベリー Z10

 目玉であった基本ソフト「ブラックベリー10」を搭載したスマートフォン「Z10」も不振に終わり、9月に同社が発表した6月~8月の決算では純損失が9億6500万㌦だった。また、全社員の40%にあたる4,500人の解雇を発表したことから株価の下落がとまらず、新聞報道でも連日ネガティブな記事が目立つ。ブルームバーグによると、BBが欧米に数多く持つ大口の法人契約のうち、すでに「クレディスイス」がBB10へのアップグレードをしないことを発表、すなわちそれはBB端末の契約終了を意味する(端末だけでなく、サーバーもBB7からBB10にアップグレードをしなければ新型端末Z10シリーズは利用できない)。続いて「モルガンスタンレー」、「UBS」などの大手金融機関も次々にアップグレードの更新をいったん見合わせると発表している。

※画像は拡大表示します。 フィナンシャル・タイムズ紙に掲載されたブラックベリーの広告 フィナンシャル・タイムズ紙
ブラックベリーの広告

 そんな苦境のなか、ブラックベリーが久々に広告キャンペーンを行い、9カ国、30紙以上の新聞で全面広告を掲載したほか、掲載前日にはツイッターでも同じ内容のメッセージを発信した。経営悪化を心配しているユーザーに向けて、自社が無借金で、多くの現金を保有していることを説明し、「ブラックベリーを信じて使い続けて」と訴えた。そしてBBの最大の売りである、「タイピングパネルの利便性」と、「セキュリティーの強さ」を改めて強調し、さらには「競合はたくさんいるが、我々はみんなのためのブラックベリーではない」とコアターゲット(ビジネスピープル)を意識したコピーが並んでいる。つまり法人契約が最後の命綱である同社にとって、最も大切なターゲットを明確にし、彼らが読んでいるであろう新聞紙上でメッセージを発信したのである。

 広告が掲載される前夜、各紙はデジタル版で翌日に掲載されるBB社の広告について早くも紹介し、辛口なコメントがアップされていた。そして掲載日、株価は前日からわずか7㌣上昇の、8.14US㌦で取引を終えた。今回のキャンペーンで、既存のユーザーの流出を食い止めるだけでなく、BB社の企業価値をも高めることを期待していたとしたら、新聞広告にとってはいささか荷が重すぎたのかもしれない。

 この記事をアップする直前、「ブラックベリー、身売り断念」の記事が弊紙をはじめ、各メディアで掲載された。新CEOは経営再建のための資金集めからスタートとなる。
  同僚の記者から聞いたこぼれ話だが、イギリスのデイリーミラー紙に、BB一台で取材・執筆すべてをこなすことで有名な政治記者がいるという。そんな根強いファンもいるブラックベリー、再び甘く熟す日は訪れるだろうか。

 (朝日新聞社 広告局 ロンドン駐在 金井 文)