英国ではチューブ、米国ではサブウェイ、フランスではメトロ、と呼ばれる「地下鉄」の発祥はここ、ロンドンである。その開通は1863年。幕末の日本から伊藤博文ら「長州ファイブ」と呼ばれる一団が4カ月の月日をかけてロンドンに到着した年でもある。150年を経た今年2013年、ロンドンの地下鉄アンダーグラウンドが開通150周年を記念した広告キャンペーンを展開している。過去から現在、未来の人たちが同じエスカレーターに乗っている広告ビジュアルは、まさに歴史を物語る粋な広告で、新聞各紙をはじめ、駅構内でも大きく展開されている。もう一種類の広告も同様に連日掲載されている。
さて、ロンドン交通博物館で150周年を記念した展示をやっていると聞き、早速訪問してみた。そこでは、人力車から馬車に、それがバスの原型となり、その後鉄道がつくられる様子を、リアルな車体とマネキンたちが紹介してくれる。初期の鉄道車両は個室になっており、それを蒸気機関車が引っ張っているもので、その後に今の原型となったロングシートが登場することになる。鉄道はその後進化していくが、駅舎は当時のものをそのまま残していることが多く、筆者の最寄りの駅も当時の写真とほぼ一緒であったことに驚いた。
ここで、広告の話に戻すと、この博物館では150周年を記念して、150種類の地下鉄の広告が現在公開されているので、いくつか紹介したい。まず一つ目の、「KEEP WARM-TRAVEL UNDERGROUND (1925年)」(1)と題した広告は、外は雪が降る寒い日も地下鉄なら暖かいですよ、というメッセージをうたったもの。あまり雪の降らないロンドンだが、この広告をみると当時は今よりも寒かったのだろうかと想像する。
「TO SUMMER SALES BY UNDERGROUND(1926年)」(2)は、夏のセールには地下鉄で、という今見てもとてもモードな広告だ。エスカレーターは右側に立ちましょう、という「PLEASE STAND ON THE RIGHT OF THE ESCALATOR(1944年)」(3)の広告は、第2次世界大戦のまっただ中で、イギリス国民が地下鉄を利用するのも避けていた頃に掲載されたものである。戦時中ということもあり、勇ましい広告やポスターがあふれている中、クリエーターはあえて少し肩の力を抜いた、国民の癒やしになる日常的な広告を意識して制作したとのこと。ちなみに、イギリスでは昔からエスカレーターは右側に立つ(日本では関西流)ルールだったということにも気づく。
そして2000年代に入ってからの作品、「Or take the Tube」も秀逸だ。ブラックキャブは有名なロンドンの黒いタクシーだが、この広告ではそれを黒いカタツムリに表現し、それらがひしめきあって渋滞している様子を描いている。「あなたはカタツムリ、それとも地下鉄?」というシュールな広告で当時とても評価が高かったとのこと。ちなみに地下鉄とバスは同じ会社なので、地上を走るバスのことは否定しないところがポイントである。
広告は時代をつくり、時代を語ってくれるものであるということを感じたロンドンの地下鉄150周年キャンペーン、どれだけ遅れても誰ひとり文句も言わずホームで待っているロンドナーたちの心の広さは、日ごろの感謝の気持ちの表れか。一人イライラして眉間にしわを寄せてしまう筆者も、今後は「150歳への敬服の念を忘れるべからず」の精神で出勤してみようと思う。
(朝日新聞社 広告局 ロンドン駐在 金井 文)