年末はクリスマスに家族や友人と、パーティーざんまい。年明けから新しい期が始まり、次のお休みは5月のイースターまでなし……というブルーな気分に輪をかけるように1月はロンドンの平均気温が一番低く、体調を崩す人が続出する。風邪が悪化したからちょっと病院へ、と言いたいところだが、こちらではそうはいかない。
「病院の予約が取れない」のはここ英国では深刻な問題となっており、昨年のEU離脱決定にも大きな影響を与えたとされている。こちらのシステムでは、まず地元のかかりつけのGP(ゼネラルプラクティス)に予約を入れ、そこに常住する医師の診察後、必要があれば大きな病院、NHS(ナショナルヘルスサービス)と呼ばれるところに予約を入れてもらうという流れだ。GPは専門医がいるわけではないため、手術や治療は行わない。たとえば目に問題があったとしても、まずはGPに行き、そこから眼科を紹介してもらわないといけない。医療費は入院費も含め基本的に英国、EU圏の人は無料のため、常に予約待ちでいっぱいだ。GPの予約を取るのに1週間、そこから病院を紹介してもらうのに1週間かかるということが日常で、それまでに病気が治るかひどくなるかはその時しだいである。プライベートの病院ならすぐに予約が取れるものの、一回の診療は約25分でおよそ120ポンド(約1万8千円)かかるため、かなりの富裕層でない限りは日常的に利用するのは難しい。
そのような環境もあり、この数年でネットを使った様々な医療サービスを提供する企業が現れている。それぞれのサービスの特徴は違うものの、共通しているのは「もう診察に並ぶ必要はない」というところだ。
今月大きなキャンペーンを行ったのが、「バビロン」というアプリを使った医療サービスだ(写真参照)。「インターネットに聞くのはやめて、本物の医師に相談しましょう」というコピーが社名ロゴ近くにある。日本でも「まとめサイト」が問題になったばかりだが、たしかについつい検索エンジンなどで検索してしまうのは、筆者もよくやっていることだ。それに警鐘を鳴らした同社は、2015年にローンチしたばかりの新しい企業で、無料アプリをダウンロードすると、無料で現在の症状を相談できるチャットサービスを利用することができる。実はこのチャットの相手はAIで、医師らによる医療情報を詰め込んだものだ。実際に筆者がアプリをダウンロードして風邪の症状を訴えたところ、熱はあるか、せきは出るか、食欲はあるかなど基本的な質問がある。さらに皮膚の状態、髪の毛に変化がないか、出血はないかなど10以上の質問に答えたあと、「GPに診察をした方がよさそうです。予約をしてください」と言われて終わった。ここまでは無料である。このあと診療予約に進むと、実在の医師とのスカイプを使った問診をセッティングすることが可能で、その際に費用が発生する。25万人の登録者のうち、15万人がアクティブユーザーで、すでに複数の大手企業がこのサービスを福利厚生として導入しているという。
この手のサービスのパイオニアと言われている「プッシュドクター」も昨年に一足早くテレビCMを実施している。こちらは最初からスカイプでの医師による問診をセッティングするサービスで、その待ち時間はたった数分程度のようだ。新規利用者は最初の10分は1ポンド(約150円)、その後10分ごとに20ポンドが加算されていく。そして医師が必要と判断した場合は薬も処方され、近くの薬局で受け取れるほか、配達サービスも行っている。約7千人のNHSに勤める医師が登録しているという安心感も売りだ。
前出の「バビロン」の代表のアリー氏はインタビューで、「慢性的に医師が不足している上、医師になるための研修期間は7年かかる。AIはその点、より速くより多くの情報を蓄積し、ムラのない診療を可能にした」と答えており、同社は実在の医師とのネット診療よりも、今後AIに注力していくことをアピールしている。同社は英国の他ルワンダでもサービスの提供を始めており、人口に対して医師が不足している途上国こそニーズがあるはずだとも話している。
AIが人に代わることができる職業に「医師」はよく挙げられている。現在のアプリを通しての医師による問診では、尿検査、血液検査などもできないため、すべての判断をゆだねることは不可能だ。とはいえ、人に知られたくない、なじみの医師に見せたくない、などの悩みがある人もいるだろう。深夜の子どもの急な発熱で病院にも行けない状況で不安なときに、同アプリでひとまず問診してもらうことで助かる親もいるかもしれない。要は使う人、使い方しだい、というところか。
せっかくダウンロードしたので、今後何か体に不調があればAI医師とチャットをしてみてその真価を自分なりに検証してみたいと思う。
(朝日新聞社 メディアビジネス局 ロンドン駐在 金井 文)