運用型広告に警告!プログラマティック・バイイングに潜む落とし穴

 2月9日付の英タイムズ紙の記事は、広告業界に大きな衝撃を与えた。

2017年2月9日付 英国タイムズ紙2017年2月9日付 英国タイムズ紙

 メルセデス・ベンツ、高級スーパーマーケットのウェイトローズ、大手金融のHSBCなど、100社以上の大手企業や団体の広告が、意図していないサイトに掲載されていることが明らかになった。そのサイトは、テロ組織やポルノなどのユーチューブ動画など多岐にわたる。記事によると、ユーチューブは1,000回再生されるごとに7.60米ドルが投稿者に入る仕組みになっており、テロ組織などの反社会的団体は、毎月数百万円に上る広告収入を得ているという。ユーチューブを所有するグーグル社は、タイムズ紙の指摘を受け、動画のいくつかを削除した上で、今後も一切妥協のない方針で削除を進めていくことを発表した。また、タイムズ紙は、今回の問題は不透明な広告取引によるもので、大手広告会社にも責任があるとした。英国のアナリストは、監査が入った場合、大手広告会社6社が影響を受けるのは免れないと話している。タイムズ紙が各広告会社にコメントを求めたところ、同6社は疑いを否認し、広告主への忠実を強調した。

 プログラマティック・バイイングと呼ばれる、リアルタイムに広告枠を自動で買い付ける運用型広告の市場は、1,000億USドルだった12年から、たった4年で倍増した。その複雑で不透明な運用のため、その広告取引においては広告会社への依存度が増しているのが現状である。

 大手広告主であるP&Gのチーフブランドオフィサーであり、全米広告主協会の会長であるプリチャード氏は、ウェブメディアの広告取引の不透明さを指摘し、具体的に改善すべきアクションプランを以下のように提示した。

  • デジタル広告における標準化されたビューアビリティ(ユーザーが視認可能なインプレッション)の普及
  • 第三者機関による調査(広告が狙ったオーディエンスにリーチしているか、広告の露出頻度がどれくらいあるかなど)
  • 広告会社との契約の透明化
  • 広告不正の防止(機械的に実際よりも多くの人に見られたようにする不正を防止するなど)

 米国のデジタル業界団体であるDCNも、プリチャード氏の指摘に同感だとして、広告会社がMRC(メディア調査会社の監査や認定審査を行う米国の業界団体)からの監査を受け入れるべきだとの書面を提出した。すでにフェイスブック社も10日、動画再生回数を実際よりも不正に多く発表していたとし、同団体の監査を受けることを発表している。

 この報道から約一週間後、ユーチューブが第三者による監査を受けることを発表した。グーグルUKのマネージングダイレクターのハリス氏は、リーチを重視したことで、ブランドセーフティについての説明が十分に足りていなかったと語っている。

 3月には、英国の内務省特別委員会がフェイスブック、ツイッター、グーグルの役員を招集し、彼らの動画等の取り扱いに関し、厳しく追及した。ユーチューブやフェイスブック上で、反社会的団体やポルノの存在を知りながらもそれを削除しなかったということに加え、同委員長のイベット氏は、ツイッターでのヘイトスピーチに対しても批判した。イベット氏は、サディクカーン・ロンドン市長や、ドイツのメルケル首相に対する悪意のあるツイートを削除するよう、ツイッター社に個人的に報告していたが、いまだにそれが存在していることが同社の対応の悪さを表しているとした。その後、BBCが確認したところ、指摘されていたユーザーのアカウントは削除されていたという。

 広告主が望まない場所での広告掲載を報告しなかった広告会社や、メディアが非難されるところから始まった今回の問題。人を傷つけたり、多くの人が不快に感じたりする動画や主張を、メディアが規制できないということへの批判にまで広がっていった。言論の自由という名目でどこまでを許容範囲とするか。数えきれないほどの投稿の中からどのように取捨選択し、メディアがどこまで検閲するのか。

 今回多くの広告主が、問題が解明されるまで、運用型広告の掲載を見送ると発表し、現在メディアも広告会社も対応策を検討中だ。しかし、次々に新しい動画が作られ、アップされている中で、ブラックリストを完全なものにするのは不可能だろう。デジタルメディアの新しい課題といえる。

 本リポートはこれが最終回。最後は楽しい広告の話で終えたかったところだが、広告業界の要であり、現在ここロンドンで厳しい局面にあるデジタルメディアの近況をお伝えしないわけにはいかなかった。4年の間、このつたないリポートを読んでいただいた方に心より感謝したい。

(朝日新聞社 メディアビジネス局 ロンドン駐在 金井 文)